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308.翌朝

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 翌朝。
 睡眠不足であるにもかかわらず、アリーチェは気分良く目覚めることが出来た。
 酷く幸せな夢でも見た後のような、そんな気持ちだった。

 まだ日が昇る前だったが、部屋の物音に気がついたらしい侍女が部屋へと入ってきて、アリーチェの身支度を手伝ってくれた。

「王女様の準備が出来たことを国王陛下に知らせて参りますので少々お待ち下さいませ」

 テキパキと準備を済ませた侍女は、一礼をしてからそそくさと部屋を出ていってしまった。
 現在カヴァニスに滞在しているイザイアの人々は、皆仕事は早く正確だが、以前アリーチェの世話をしてくれたジネーヴラのような親しみやすさは感じられないことが少し寂しかった。

 そのせいで、人恋しい気持ちが増してしまうのだろうか。
 アリーチェは自問しながら、そっと指先で唇を確かめるように触れる。
 薄っすらと紅が載せられた唇はをまだ昨夜の余韻が残っているかのように感じられた。

「………ルドヴィク様…………」

 アリーチェが小さくルドヴィクの名を口にした瞬間、扉を叩く音がして、ルドヴィクが顔を出した。

「………しっかりと、眠れたか?」

 気遣わしげな視線を投げかけられ、アリーチェは少し戸惑った。
 何故ならば、ルドヴィクが昨夜のことを全く気にする素振りすら見せなかったからだ。

 あれが初めての口吻ではなかったが、アリーチェのざわついた心はあの口吻で満たされたが、ルドヴィクはどうだったのだろうか。
 口吻の後、ルドヴィクがこちらを振り返らず足早に立ち去って行ったが、今は動揺の欠片も感じられない。

 一晩経ってもまだ浮足立つような感覚が抜けないのは自分だけだと実感すると、何だか情けない気持ちになってしまう。
 アリーチェはそっと下唇を噛み締めた。

「………ティルゲルの処刑を見に行くのだろう?」

 再度ルドヴィクに尋ねられ、アリーチェは静かに頷く。
 何となく気不味くて、ルドヴィクと視線を合わせないように、さり気なく俯くと、近づいてきたルドヴィクの手が優しくアリーチェの頬に触れ、それから噛み締めた下唇に指が触れた。

「そのように噛み締めたら、花弁のような可憐な唇が傷ついてしまう」
「あ…………」

 彼らしい気遣いと、穏やかなその仕草に、アリーチェはまた胸が高鳴るのを感じざるを得なかった。
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