隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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300.生きる者の使命

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「過去の出来事に拘っていても、状況は変わりませんし、それどころか自分の身近にある大切なものまで失ってしまうかもしれません。………兄様には、そんな思いはしてほしくありませんの」

穏やかな微笑みを讃えたアリーチェは、僅かにアンジェロの手を包む己の手に力を込めた。

「………アリーチェ………」

アンジェロは小さな声で、妹の名を呟く。
アクアマリン色の両眼は僅かに潤んでいるように見えた。

「………本当に、強くなったね」

声も微かに震えているような気がして、アリーチェは兄を励ますように笑みを強めた。

「わたくしは兄様の妹。誇り高きカヴァニスの王女ですもの」

誇らしげに言ってのけると、アンジェロもアリーチェにつられるように笑った。

「………頭では理解わかっていても、すぐにその罪悪感を切り捨てるのは難しいだろう」

いつの間にかアリーチェのすぐ隣に移動したルドヴィクが、アリーチェの肩にそっと触れた。

「………どんなに辛くとも、我々は前を向いて歩いていかなければならない。………それが、我々生きている者の使命なのだと、私は思う」

穏やかだが力強い、ルドヴィクらしい声だった。
アリーチェはそんなルドヴィクを見上げ、微かに笑って見せる。

ルドヴィクがアンジェロに対して送った言葉は、まるでルドヴィク自身へも言い聞かせているような気がしたからだ。

幼い頃に、大切な人を亡くしたという部分では、ルドヴィクもアンジェロと同じーーー、いや、血縁関係の中で唯一の味方であり、ルドヴィクが自分の人生を預けるに足りると信じた兄ーーーシャルル王太子を失った、という事実を見れば、ルドヴィクの方がより辛い経験をしていると言えるかもしれない。
だが、どちらが辛いと比較することは出来ない。
なぜならばそれぞれが心に負った傷は、本人にしか分からない痛みを伴うからだ。
そんな重さを全部含めた上で、ルドヴィクはアンジェロを励まそうもしてくれたのかもしれない、とアリーチェは思った。

「…………そう、ですね」

間を置いて、アンジェロがゆっくりと頷いた。

「ありがとうございます、ルドヴィク殿。そして、アリーチェ。………何だか少し、気持ちが軽くなった気がします」

アンジェロはルドヴィクとアリーチェに向かって、涙目のまま微笑んだ。
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