隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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297.憎まれるべき原因

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「………兄様………本当にあれだけで良かったのですか?」

 地下牢を出た後、アリーチェは遠慮がちにアンジェロに尋ねた。
 事情を聞くわけでも、恨みをぶつけてティルゲルの行いを詰る訳でもなかったアンジェロの行動に、疑問を覚えたからだ。

「………そうだね。本当のことを言えば、ティルゲルに聞きたいことは沢山あったよ。何故昔からの親友であったはずの父上を裏切ったのか。ブロンザルド先王の言いなりに動いて、奴が本当に手に入れたかったものは何なのか…………。でも、その答えを聞いたからといって、ティルゲルの辿る結末は決まっているし、何よりも奴の口から何を聞いても、素直にそれを受け入れられるとは思えない。………だったらいっそ、何も聞かずに終わりにしてしまった方がいいような気がしてね」

 アンジェロは立ち止まると、信じられない位に穏やかな笑みを浮かべた。

「………それに、ティルゲルにとっては死んだはずの私が生きていた、という事実を知ったことこそ罰のようなものだったのではないかな?」
「…………兄様、それは…………っ」

 アリーチェは口を開きかけ、視線を彷徨わせた。
 その様子をルドヴィクが怪訝そうに見つめる。

「ルドヴィク殿には訳が分からなかったですね。………私には、ティルゲルに恨まれる根拠があるのですよ」

 そんな言葉と共に、つい先程まで柔らかな笑顔を浮かべていたアンジェロの顔が、不意に翳った。

「………今から十年ほど前、私に婚約者が出来ました」
「婚約者?」

 ルドヴィクの眉間の皺が、更に深くなる。
 年齢的に考えても、その当時ルドヴィクはまだ騎士として精進の最中であり、他国の情勢は軍事的な事以外は耳にさえ入っていなかったのだろう。
 そんなルドヴィクに、アンジェロは静かな口調で、丁寧に説明を始めた。

「………彼女の名は、マティルデ・ティルゲル侯爵令嬢。………聞いて分かるとおり、奴のただ一人の愛娘でした」
「…………でした?」

妙な言い回しにすぐさまルドヴィクが反応を示した。

「………そう。『でした』、で間違いないのですよ。彼女はもう、随分前に神の許へと還ってしまったから…………」

そう呟くアンジェロは、どこか淋しげな表情を浮かべて笑って見せたのだった。
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