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288.兄妹

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「後悔をしても、もう失われた命は戻りませんし、悲しみが癒えるわけではありません。………でも、前を見て歩いていくことは………進んで行くことは出来ますでしょう?」

 そう囁くと、アリーチェはアンジェロに向かって柔らかな笑みを浮かべた。

「再び同じように後悔しないように………同じように苦しまなくてすむようにしていくのが、あの戦火を生き延び、こうしてカヴァニスの地に立っている者たちの使命だと思うのです」

 今度は先程よりもはっきりとした声で、アンジェロに言い聞かせる。
 するとアンジェロは驚いたように顔を上げてアリーチェをまじまじと見つめているようだった。

「…………いつの間にか、そんなふうに考え方ができるよになったのだな」

 感心したように零れ落ちたのは、寂しさと、喜び。
 相反する二つの感情が、アンジェロの中で渦巻いているようなアンジェロの様子が、アリーチェからもよく伝わった。

「………実はわたくしもルドヴィク様に命を救われた後から少し前までは兄様と同じように、後悔ばかりをしてまいりました。ですが、そんなわたくしに『それでは何も変わらない』のだと、ルドヴィク様が教えてくださったのですわ」

 ルドヴィクを想いながら言葉一つ一つを丁寧に紡いでいく。
 自分にとって、ルドヴィクの存在がなければ、今こうしてこの場には立っていないはずだった。
 それをアンジェロにも分かってほしいーーー。
 その言葉には、そんな願いも込められていた。

「…………そうか」

 感慨深そうに目を閉じたアンジェロが、小さく呟く。

「………お前はイザイアの国王陛下と生きていく事を選んだのだな」

 突然、思っても見なかった事を指摘されて、アリーチェはぱっと顔を上げる。
 一瞬で頬が信じられないくらいに熱くなっていた。

「に、兄様…………っ!」
「何だ?違うのか?………いや、違うはずはない」

 アンジェロはそっとアリーチェの手を解くと、腕を持ち上げ、アリーチェの頭へと置いてから、ぽんぽん、と優しく二回触れてから静かに彼女の頭を撫でた。

「………お前の表情を見ていれば分かるさ。なにはともあれ、お前に想う相手が出来たというのは兄として祝ってやるべきだろう?」
「兄様…………」

 久方ぶりの再会を果たした兄妹は、互いに目を合わせ、笑い合う。
 そんなアリーチェ達を、ルドヴィクは黙ったまま、穏やかな眼差しで見つめていた。
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