上 下
264 / 351

262.駆け引き

しおりを挟む
「……………」

男は無言を貫いていたが、口元にだけはっきりと笑みを浮かべた。
何に笑ったのか、何故笑ったのかは分からなかったが、彼の醸し出す雰囲気も相俟って得体のしれない不気味さが漂った。
しかしアリーチェは男の笑みを無視すると、ティルゲルを見据えた。

「本当にこの男の事を知らないのであれば、そんなにも慌てる必要などないでしょう?」

このような状況下だというのに、アリーチェは自分でも驚いてしまうほどに冷静だった。
一方のティルゲルは、アリーチェの指摘に対して、決して大きくはない眼を見開いた。
それから苦虫を噛み潰したような表情を一瞬だけ浮かべたかと思うと、今度は笑顔になる。

「べ、別に慌てた訳では…………。わ、私が声を荒げたのは、偽の証人を立てて私に濡れ衣を着せようとしているのだと思ったからで…………」

小さな声で言い訳がましく呟くティルゲルの額には脂汗が滲んでいた。
瞬きの回数も多く、何よりも明らかに作り笑いだと分かる位に笑顔が引き攣っていた。

「………本当に良くそれだけ口が回るものだな」

言い訳を聞いていたルドヴィクが、溜息をついた。

「偽の証人?一体何を以て『偽』だと言うのだ?真偽について、そなたに意見など求めてはいない。………第一カヴァニスの国王亡き今、国内においての権限は、唯一の正当な後継者であるアリーチェ姫にある。何が正しく何が間違っているのかを判断するのも、姫の役目だ」

微かに吹いてきた風に、漆黒の長い髪を靡かせながらルドヴィクは静かに断言した。
するとティルゲルは憎しみを込めた眼でルドヴィクを睨みつけた。

「…………………!」

罵りの言葉やルドヴィクの生まれを蔑む発言こそなかったが、ルドヴィクに対して並々ならぬ敵意を持っている事は窺い知れた。

「………ティルゲルは今後わたくしが許すまでは一切発言しないように。まずはそちらの男から話を聞きましょう」

毅然とした態度で、アリーチェがはっきりとそう告げると、ティルゲルは奥歯をギリ、と食いしばりながらも渋々アリーチェの命令に従った。
おそらく、この場でこれ以上の言い訳をして民の疑念をこれ以上増やさないようにとでも考えたのだろう。
アリーチェは僅かに目を伏せ、男が口を開くのをじっと待った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン
ファンタジー
完結しました! 魔法使いの国に生まれた少年には、魔法を扱う才能がなかった。 無能と蔑まれ、両親にも愛されず、優秀な兄を頼りに何年も引きこもっていた。 そんなある日、国が魔物の襲撃を受け、少年の魔物を操る能力も目覚める。 能力に呼応し現れた狼は少年だけを助けた。狼は少年を息子のように愛し、少年も狼を母のように慕った。 滅びた故郷を去り、一人と一匹は様々な国を渡り歩く。 悪魔の家畜として扱われる人間、退廃的な生活を送る天使、人との共存を望む悪魔、地の底に封印された堕天使──残酷な呪いを知り、凄惨な日常を知り、少年は自らの能力を平和のために使うと決意する。 悪魔との契約や邪神との接触により少年は人間から離れていく。対価のように精神がすり減り、壊れかけた少年に狼は寄り添い続けた。次第に一人と一匹の絆は親子のようなものから夫婦のようなものに変化する。 狂いかけた少年の精神は狼によって繋ぎ止められる。 やがて少年は数多の天使を取り込んで上位存在へと変転し、出生も狼との出会いもこれまでの旅路も……全てを仕組んだ邪神と対決する。

巨根王宮騎士の妻となりまして

天災
恋愛
 巨根王宮騎士の妻となりまして

【R18】私は婚約者のことが大嫌い

みっきー・るー
恋愛
侯爵令嬢エティカ=ロクスは、王太子オブリヴィオ=ハイデの婚約者である。 彼には意中の相手が別にいて、不貞を続ける傍ら、性欲を晴らすために婚約者であるエティカを抱き続ける。 次第に心が悲鳴を上げはじめ、エティカは執事アネシス=ベルに、私の汚れた身体を、手と口を使い清めてくれるよう頼む。 そんな日々を続けていたある日、オブリヴィオの不貞を目の当たりにしたエティカだったが、その後も彼はエティカを変わらず抱いた。 ※R18回は※マーク付けます。 ※二人の男と致している描写があります。 ※ほんのり血の描写があります。 ※思い付きで書いたので、設定がゆるいです。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...