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262.駆け引き
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「……………」
男は無言を貫いていたが、口元にだけはっきりと笑みを浮かべた。
何に笑ったのか、何故笑ったのかは分からなかったが、彼の醸し出す雰囲気も相俟って得体のしれない不気味さが漂った。
しかしアリーチェは男の笑みを無視すると、ティルゲルを見据えた。
「本当にこの男の事を知らないのであれば、そんなにも慌てる必要などないでしょう?」
このような状況下だというのに、アリーチェは自分でも驚いてしまうほどに冷静だった。
一方のティルゲルは、アリーチェの指摘に対して、決して大きくはない眼を見開いた。
それから苦虫を噛み潰したような表情を一瞬だけ浮かべたかと思うと、今度は笑顔になる。
「べ、別に慌てた訳では…………。わ、私が声を荒げたのは、偽の証人を立てて私に濡れ衣を着せようとしているのだと思ったからで…………」
小さな声で言い訳がましく呟くティルゲルの額には脂汗が滲んでいた。
瞬きの回数も多く、何よりも明らかに作り笑いだと分かる位に笑顔が引き攣っていた。
「………本当に良くそれだけ口が回るものだな」
言い訳を聞いていたルドヴィクが、溜息をついた。
「偽の証人?一体何を以て『偽』だと言うのだ?真偽について、そなたに意見など求めてはいない。………第一カヴァニスの国王亡き今、国内においての権限は、唯一の正当な後継者であるアリーチェ姫にある。何が正しく何が間違っているのかを判断するのも、姫の役目だ」
微かに吹いてきた風に、漆黒の長い髪を靡かせながらルドヴィクは静かに断言した。
するとティルゲルは憎しみを込めた眼でルドヴィクを睨みつけた。
「…………………!」
罵りの言葉やルドヴィクの生まれを蔑む発言こそなかったが、ルドヴィクに対して並々ならぬ敵意を持っている事は窺い知れた。
「………ティルゲルは今後わたくしが許すまでは一切発言しないように。まずはそちらの男から話を聞きましょう」
毅然とした態度で、アリーチェがはっきりとそう告げると、ティルゲルは奥歯をギリ、と食いしばりながらも渋々アリーチェの命令に従った。
おそらく、この場でこれ以上の言い訳をして民の疑念をこれ以上増やさないようにとでも考えたのだろう。
アリーチェは僅かに目を伏せ、男が口を開くのをじっと待った。
男は無言を貫いていたが、口元にだけはっきりと笑みを浮かべた。
何に笑ったのか、何故笑ったのかは分からなかったが、彼の醸し出す雰囲気も相俟って得体のしれない不気味さが漂った。
しかしアリーチェは男の笑みを無視すると、ティルゲルを見据えた。
「本当にこの男の事を知らないのであれば、そんなにも慌てる必要などないでしょう?」
このような状況下だというのに、アリーチェは自分でも驚いてしまうほどに冷静だった。
一方のティルゲルは、アリーチェの指摘に対して、決して大きくはない眼を見開いた。
それから苦虫を噛み潰したような表情を一瞬だけ浮かべたかと思うと、今度は笑顔になる。
「べ、別に慌てた訳では…………。わ、私が声を荒げたのは、偽の証人を立てて私に濡れ衣を着せようとしているのだと思ったからで…………」
小さな声で言い訳がましく呟くティルゲルの額には脂汗が滲んでいた。
瞬きの回数も多く、何よりも明らかに作り笑いだと分かる位に笑顔が引き攣っていた。
「………本当に良くそれだけ口が回るものだな」
言い訳を聞いていたルドヴィクが、溜息をついた。
「偽の証人?一体何を以て『偽』だと言うのだ?真偽について、そなたに意見など求めてはいない。………第一カヴァニスの国王亡き今、国内においての権限は、唯一の正当な後継者であるアリーチェ姫にある。何が正しく何が間違っているのかを判断するのも、姫の役目だ」
微かに吹いてきた風に、漆黒の長い髪を靡かせながらルドヴィクは静かに断言した。
するとティルゲルは憎しみを込めた眼でルドヴィクを睨みつけた。
「…………………!」
罵りの言葉やルドヴィクの生まれを蔑む発言こそなかったが、ルドヴィクに対して並々ならぬ敵意を持っている事は窺い知れた。
「………ティルゲルは今後わたくしが許すまでは一切発言しないように。まずはそちらの男から話を聞きましょう」
毅然とした態度で、アリーチェがはっきりとそう告げると、ティルゲルは奥歯をギリ、と食いしばりながらも渋々アリーチェの命令に従った。
おそらく、この場でこれ以上の言い訳をして民の疑念をこれ以上増やさないようにとでも考えたのだろう。
アリーチェは僅かに目を伏せ、男が口を開くのをじっと待った。
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