隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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260.冷静

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イザイアの『隻眼の騎士王』は貴族だけではなく、カヴァニスの平民達の間でも知れている。
その特異な出自ーー庶子として生まれ、騎士として身を立てた王子が、亡き兄の代わりに王座に就いたという話はあまりにも有名だったからだ。

「…………確かに私は、ルドヴィク・イザイアだ」

決して大きくはないのに、低くて抑揚のない声はよく通った。
怯む様子も、戸惑う様子も一切ない堂々とした態度はまさに王者の風格だった。

「だが、私は今、イザイアの王としてこの場にいるのではない。今の私は、アリーチェ姫を護る騎士の一人としてこの場に立っている」

ルドヴィクははっきりとした口調で、そう宣言した。
そんなルドヴィクの振る舞いに口々に何かを呟いていた民衆達は圧倒されたかのように一斉に口を噤んだ。

先程までの賑やかさは鳴りを潜め、緊張を孕んだ沈黙が、空間を制した。
誰も彼も、ルドヴィクとアリーチェ、そしてティルゲルの姿をみつめたまま、まるで金縛りにでもあったかのように動かなかった。

「………くっ………、くくっ………はははは!」

ぴんと張り詰めた静寂を打ち破ったのは、またしても突如として上げられたティルゲルの笑い声だった。
アリーチェはティルゲルの耳障りな笑い声に対して不快そうに眉を顰めたが、ルドヴィクは表情を全く動かさないまま、目線だけをティルゲルへと向ける。
するとその視線に気がついたのか、ティルゲルは両目をこれでもかも言うくらいに見開いた。

「そのような事を言って、姫様が妙なことを口走らないように見張っているのだろう、イザイアの汚れた血の王?………所詮は下賤の者が考えそうな浅はかな考えだな」
「私の事はどうでも良いだろう。今は、そなたの犯した罪について話をしているはずだ」

まるで挑発するかのようなティルゲルの発言だったが、ルドヴィクはまるで取り合わなかった。
それが気に入らなかったのか、ティルゲルはぎり、と奥歯を強く噛みしめる。

「それにしてもそなたは、己の主と同じように、よく回る二枚舌で民衆を言い包めて味方につけることが出来れば、自分が助かるとでも思っているようだが………それは大きな間違いだな」

ルドヴィクの深いエメラルド色の隻眼に、鋭い光が宿った。
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