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254.ティルゲルへの気持ち

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「………もうじき夜になる。おそらくティルゲルの身柄がカヴァニスに到着するのは、明日の昼過ぎ頃になるだろう」

ゆっくりと王都の大通りを進んでいく馬車の窓から外を眺めながら、ルドヴィクが小さな声で呟いた。

「………そう、ですか」

アリーチェは両手でドレスの裾をぎゅっと握りしめる。
カヴァニスでティルゲルと対面するのは、あの日以来だ。
ティルゲルは自身が犯した罪の重さを、どれくらい理解しているのだろう。
自分は悪くないと、全てはセヴランに唆され、あの男の指示通りに動いただけだと言うのだろうか。

愛する祖国を、愛する家族を失う原因を作った男に対する憎しみは、尽きることなくアリーチェの中から沸き上がってくる。

その時、ルドヴィクの剣だこだらけの無骨な指が優しくアリーチェの唇に触れた。

「あまり強く噛むな。………血が、滲んでいる」

深いエメラルド色の隻眼が、心配そうにアリーチェの顔を覗き込んできた。
ティルゲルの事を思い浮かべるうちに、自分でも無意識のうちに下唇を強く噛み締めていたらしい。
ルドヴィクに指摘されて初めてその事実に気がつき、ぱっと力を緩めると同時に、口の中に鉄の味が広がった。
痛みはさほどでもないのに、ルドヴィクが触れている部分だけが妙に熱く感じられた。

「あなたが傷つく姿は見たくない。………そんなに嫌なのであれば、無理にティルゲルに逢う必要もないし、奴とは永遠に顔を合わせなくてもいい」

先程消えたはずの眉間の皺が、また深くなる。
アリーチェよりもルドヴィクのほうがずっと苦しく辛そうな表情を浮かべていて、アリーチェは複雑な気持ちでそれを見つめ、それからゆっくりと首を振った。

「………大丈夫です。わたくしの中でまだ覚悟が出来ていなかっただけですから。………それに、ルドヴィク様がついていて下されば、どんな相手にも立ち向かえる気が致しますわ」

そう言ってアリーチェは、己の唇に触れるルドヴィクの手を両手で包み込んだ。

「ではティルゲルが来たら、片時もあなたから離れないようにしなくてはいけないな」

ルドヴィクは柔らかな笑みを浮かべると、アリーチェの手を取り、まるで宝物でも運ぶかのように慎重に自分の方へと近づけ、手の甲にそっと口付けを落とした。
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