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233.求婚(2)

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深いエメラルド色の隻眼が大きく揺れたかと思うと、その表情が和らいだ。

「………普通、それを言うのは私の方だと思うのだが…………」
「あ…………っ」

ほんの少し眉根が寄っているように見えるのは、自分が言うつもりだった言葉をアリーチェに言われてしまったからだろう。
だが、アリーチェの頬に伸びてきた手は、どこまでも優しくアリーチェを包み込んだ。

「………いや、違うな………。どちらが先に言葉にするかなど、重要なことではない。肝心なのは、互いの気持ちだ」

自分自身に言い聞かせるかのように小さな声で呟いたルドヴィクは、愛おしそうにアリーチェの顔を覗き込む。

「アリーチェ姫………本当に、後悔しないか?」

後悔それが、何を指しているのかは容易に想像が出来た。
ルドヴィクが心に負った傷は相当に深く、彼を蝕んでいるのだ。
それを悟ったアリーチェは、虹色の瞳をふわりと細めた。

「後悔など、するはずがありません。あなたと離れて生きるのがこんなにも辛いことを知ってしまったんですもの」

わざと唇を尖らせて見せると、アリーチェはまるで花が綻ぶように艶やかな笑顔を見せた。

「………それも、先に言われてしまったな」

ルドヴィクは小さく笑うと、椅子から立ち上がり、アリーチェの前に跪いたかと思うと、昨日セヴランの命を奪った彼の愛剣の刃を、躊躇いなく床へと突き立てた。
硬い石造りの床が、ガキンと刃を跳ね返す音がしたが、ルドヴィクが気にした様子はなかった。
一体何が始まるのだろうと、アリーチェはルドヴィクを凝視していた。

「アリーチェ姫………、いや、アリーチェ・カヴァニス第一王女。………私の持てる全てをあなたに捧げよう。この命尽きるまで、あなたの為に剣を振るい、あなたに降りかかる悲しみを防ぐ盾となろう」

それは、騎士が女性に求婚をするときの台詞だということに気が付き、アリーチェは目を見開く。
勢いだったとはいえ、つい先程、同じ様にルドヴィクに求婚をしたにも関わらず、アリーチェの頬はみるみる紅潮していった。
そんなアリーチェを、上目遣いで見つめたルドヴィクは、無言のまま、アリーチェの返答を待っているらしかった。
堂々としているのにどこか自信のない態度は、本当にルドヴィクらしいとしか言いようがなかった。

「喜んでお受けしますわ」

アリーチェは微笑むと、剣の柄を握るルドヴィクの手に己の手を重ねたのだった。
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