213 / 351
212.戻る日常
しおりを挟む
それからすぐにブロンザルド宰相が呼び出され、セヴランの死が伝えられた。
宰相は何も言わず、ただ深くパトリスに向かって頭を下げ、弔慰を示した。
「………父上は、魔石の影響により心身を病み、あのような暴挙に出たと公表しよう」
宰相に向かって堂々とそう告げるパトリスは、既に君主の顔をしていた。
「………あの分なら、心配はいらなそうだな」
「ええ。テレーゼ様もついていらっしゃいますし、何よりもパトリス様は勇気のある方ですもの。前途多難かとは思いますが、きっとブロンザルドを良い国にしてくださると信じておりますわ」
ルドヴィクとアリーチェは、少しでも休息が取れるようにとのパトリスの計らいで、城の貴賓室に通された。
部屋の中は穏やかな空気が流れていて、まるであの恐ろしい出来事は夢だったのではないかと思えてしまう程に、「日常」が動き出し始めたと思える。
「…………」
二人は小さなテーブルを挟んで、向かい合って座っていた。
会話は続かず、居た堪れない気持ちになって、アリーチェは指先を翫び、じっとルドヴィクを見つめた。
「あの、ルドヴィク様………」
「…………約束の、件だろう?」
口を開いたのは、ほぼ同時だった。
やはりルドヴィクも同じことを考えていたのだと分かり、アリーチェはふっと頬を緩め、頷いた。
「きっと、様々な事情があったのだということは分かっているつもりです。………それから、黙ってイザイアの城を抜け出すような真似をしてしまったこと、大変申し訳なく思っております」
「…………どうして、アリーチェ姫が謝る?あなたには何も非はないだろう?」
ルドヴィクはきょとんとしながら、たった一つだけの眼を何度か瞬いた。
その意外な反応に、謝罪したアリーチェのほうが戸惑ってしまう。
「逃げ出したことは事実ですし………」
「だが、あなたにそう思わせるような行動を取ってしまったのは私の落ち度だ」
少し不貞腐れたように、ルドヴィクはぼそりと呟く。
ほんの少し俯いた拍子に、黒い絹糸のような長い黒髪の束がサラリと彼の肩に掛った。
「………これでは埒が明かないな。すまない。私はあまり、話すのが得意な方ではないんだ」
困ったように眉根を寄せると、ルドヴィクは耳殻に髪をかけて、アリーチェを見つめた。
宰相は何も言わず、ただ深くパトリスに向かって頭を下げ、弔慰を示した。
「………父上は、魔石の影響により心身を病み、あのような暴挙に出たと公表しよう」
宰相に向かって堂々とそう告げるパトリスは、既に君主の顔をしていた。
「………あの分なら、心配はいらなそうだな」
「ええ。テレーゼ様もついていらっしゃいますし、何よりもパトリス様は勇気のある方ですもの。前途多難かとは思いますが、きっとブロンザルドを良い国にしてくださると信じておりますわ」
ルドヴィクとアリーチェは、少しでも休息が取れるようにとのパトリスの計らいで、城の貴賓室に通された。
部屋の中は穏やかな空気が流れていて、まるであの恐ろしい出来事は夢だったのではないかと思えてしまう程に、「日常」が動き出し始めたと思える。
「…………」
二人は小さなテーブルを挟んで、向かい合って座っていた。
会話は続かず、居た堪れない気持ちになって、アリーチェは指先を翫び、じっとルドヴィクを見つめた。
「あの、ルドヴィク様………」
「…………約束の、件だろう?」
口を開いたのは、ほぼ同時だった。
やはりルドヴィクも同じことを考えていたのだと分かり、アリーチェはふっと頬を緩め、頷いた。
「きっと、様々な事情があったのだということは分かっているつもりです。………それから、黙ってイザイアの城を抜け出すような真似をしてしまったこと、大変申し訳なく思っております」
「…………どうして、アリーチェ姫が謝る?あなたには何も非はないだろう?」
ルドヴィクはきょとんとしながら、たった一つだけの眼を何度か瞬いた。
その意外な反応に、謝罪したアリーチェのほうが戸惑ってしまう。
「逃げ出したことは事実ですし………」
「だが、あなたにそう思わせるような行動を取ってしまったのは私の落ち度だ」
少し不貞腐れたように、ルドヴィクはぼそりと呟く。
ほんの少し俯いた拍子に、黒い絹糸のような長い黒髪の束がサラリと彼の肩に掛った。
「………これでは埒が明かないな。すまない。私はあまり、話すのが得意な方ではないんだ」
困ったように眉根を寄せると、ルドヴィクは耳殻に髪をかけて、アリーチェを見つめた。
3
お気に入りに追加
449
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる