隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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179.堕ちた国王(3)

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 ぴりぴりとした鋭い沈黙が、空間を制した。
 誰もが一様に、見てはいけないものを見るような、軽蔑の眼差しをセヴランに向けている。
 だが、それも無理のないことだとアリーチェは思った。

 この大陸に住まう人々にとって、神は心の拠り所であり、神が司祭を通して人々に示したとされる戒律は、絶対だ。
 いくら国王と雖も例外ではない。
 アリーチェの父も、そして勿論ルドヴィクも国を統べる者として、戒律を大切にしていた。
 その戒律の中で禁忌とされるものの中でも、重婚並びに配偶者以外との姦通は最も野蛮で悍ましい行為とされ、問答無用で死罪となる。
 そのような行為を一国の王が、しかも国民の目を欺き、堂々と行おうとしていたのだ。
 動揺するのは当然だろう。

「ふ、巫山戯ふざけるな………っ!何を証拠に…………!」

 静寂を破って怒鳴り声を上げたのは、セヴランだった。
 先程妻であるテレーゼに、「指摘されて激昂するのは肯定しているのと同じだ」と忠告を受けたことなど覚えてもいないらしい。

 だが、セヴランの言葉に、アリーチェははっとする。
 知りたくもなかった恐ろしい計画についての話は、東の塔に幽閉された時に直接セヴランから聞かされたが、それを証言することは出来ても、物的な証拠は何もなかった。
 証言ならば自分の他にもパトリスがしてくれるだろうが、それだけで済むのだろうか。

 必死に考えをめぐらせるアリーチェをよそに、ルドヴィクは不敵な笑みを浮かべる。

「証拠、か…………。………仮に、お前の言う『証拠』があったとしたら、これ以上の言い逃れは一切出来なくなることを理解した上での事だと………、覚悟を決めたと思っていいのだな?」
「あ、当たり前だ…………!」

 証拠など存在するはずがないと高を括っているのだろうか。
 セヴランはルドヴィクの問い掛けに、迷うことなく即答した。

「………そうか」

 ルドヴィクの声は、驚くほどに静かで、落ち着いたものだった。

「ルドヴィク、様…………」

 心配そうにアリーチェがルドヴィクの名を呼ぶと、ルドヴィクはアリーチェの方へとふりかえり、大丈夫だとでも言うように大きく頷いて見せた。
 それからもう一度正面へ向き直ると、ルドヴィクの深いエメラルド色の隻眼が、しっかりと薄笑いを浮かべるセヴランを捉えたのだった。
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