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154.欲望

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「………それは立派なことだ。その大義名分の裏に隠された悍ましく醜い欲望さえなければな」

森の奥深くに隠された、滾々と湧き出る泉の淵のような淀みのないエメラルド色の隻眼が、嘲りを含む。

「…………何を言っているのか、私には理解しかねますね」

セヴランはルドヴィクの皮肉を事も無げに受け流す。
だが、ルドヴィクのほうも想定済みだったのだろう。全く狼狽える様子はなかった。

「悍ましく醜い欲望に駆られ、平和で美しいカヴァニス王国に奇襲を掛けたのは、あなたの方なのではないですかな、イザイア王よ?」

突然、二人のものとは別の、やや嗄れた声が響き渡る。
同時にかつん、と革靴の底とは異なる、やけに甲高い足音が響いた。
貴族たちを掻き分けて姿を現したのは、マルコ・ティルゲルだった。

「………カヴァニスの、宰相か………」

ほんの一瞬声のした方に視線を向けたルドヴィクが、小さくそう呟いた。
一方のティルゲルは、一体何事かと戸惑うブロンザルドの貴族や有力者達に訴えかけるかのように小さな体を精一杯動かし、大きな身振りを交えながらルドヴィクに問い掛けた。

「その手で我が君を殺し、王妃殿下とその後継者である王太子殿下を殺害し、唯一生き残ったアリーチェ王女をその手中に収め、カヴァニスを得る正当な理由として彼女が必要なだけでしょう?」

よくも主君と慕うカヴァニス王を裏切っておきながらそのようなことが言えるものだと思いながら、アリーチェはティルゲルを睨み付けた。
だがティルゲルはアリーチェの方に一瞬目を向けただけで、素知らぬ顔をしていた。

「………それは………」

そこで初めて、ルドヴィクは言葉を濁した。
そして困ったように何度も目を瞬くと唇を噛んだ。
その行為に、アリーチェは疑問を抱く。

カヴァニス滅亡がブロンザルドによって仕組まれたことであるのならば、何故ルドヴィクはその事実を否定しないのだろう。

「ルドヴィク、様…………?」

アリーチェは祈るような気持ちで、彼の名を呼んだ。

「………私はカヴァニスを支配しようとなど、考えていないし考えたこともない」

ルドヴィクが否定したのは、カヴァニスの覇権についてだけで、アリーチェの家族を手に掛けたことについては言及しなかったことに、アリーチェは落胆せざるをえなかった。
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