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135.狂気

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その瞳は、アリーチェを見ているようで、見ていなかった。

「呼び名など、どうでもいいのです。あなたは本当に美しい…………。こうして眺めているだけで、心が踊るようです」
「は………離して…………っ」

正気とは思えない、定まらない視点に恐怖を覚えたアリーチェは、必死に抵抗して脱出を試みるが、セヴランは動じない。
寧ろそんなアリーチェの様子を愉しむかのようにすら見えた。

「しかし、運命とは残酷なものです。あなたを私の側に置きたいのに、何もかもがうまく行かないのですから」

そんな言葉が聞こえた直後、恍惚としていたはずのセヴランの表情が、そこに来て一変した。
心底悲しんでいるような、苦しげな表情が彼の顔を覆った。

「あなたを手に入れるために、どうするのが最善の方法なのか、必死に考えました。………手っ取り早く現王妃殺害も考えましたが、あれは警戒心が強く、思うように殺せませんでした」

心底残念そうに、セヴランは呟いた。
まるで、小動物の命を弄ぶのと同じような感覚の口振りだ。
存在が邪魔だからと、己の妻の命を奪おうとするなど、到底共感できなかった。

「ですから仕方なく、私は別の方法を考えました。…………そこでようやく思いついたのが、息子の妃にあなたを据えるということでした。出来損ないは私の所有物ですから、その妃も私のものだ。私が二人目の妃を迎えることが出来ないならば、空席を使えばいいだけのことなのに、どうしてもっと早く気が付かなかったのでしょうね?」

話の内容が段々と理解できなくなってきているのは、自分の頭が、理解することを拒否しているせいなのだろうか。
アリーチェは茫然としながらセヴランを見つめる。

「それは………どういう…………」

考えたくないのに、恐ろしい結論だけが浮かんできて、アリーチェは浅い呼吸を繰り返しながらその考えを否定する理由を探す。
だが、それは呆気なく裏切られた。

「そうすれば、生まれくる子が私に似ていても、誰も不思議に思いませんから………」

この男は、まともではない。
アリーチェは凄まじい恐怖と絶望に、全身の血の気が引いていくのを感じた。
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