隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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128.己の望み

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東の塔の内部は、殆ど陽の光が届かない構造のせいか、今が昼なのか夜なのかが何とか判別できる程度で、時間の流れを知るのは、運ばれてくる食事でのみだった。

朝食にはビスコッティ、昼食にはトルタ・フリッタとアリーチェの好物がその都度出てきたのは、おそらくティルゲルの入れ知恵だろう。
アリーチェから大切なものを奪い去っておきながら、今更機嫌を取ろうとするセヴランに、腹が立って仕方がなかったが、アリーチェにはどうすることもできない。
そして、それはおそらくパトリスも同じだろう。
彼もまた、この場から動くことすらも出来ずに苦しんでいるのだ。

「………王太子殿下は、ここでずっと、いつ来るかも分からない助けを待っているのですか?」

アリーチェが来る以前は、誰とも会話を交わすことなく、ただ静かにこの東の塔に幽閉されていた彼は、ずっと孤独に耐え続けてきたということになる。
いくら高い志があるとはいえ、精神的にもかなり打撃を受けているに違いなかった。
場合によっては正気を失い兼ねない過酷な状況下で、パトリスは一体どれだけの時間を過ごしてきたのだろう。

「………私は、信じていますから」

一呼吸置いてから、パトリスからはそんな返事があった。
何を、と尋ねようとアリーチェが口を開こうとする。

「今は、こうして手足を拘束され、幽閉されている身ですが………必ず、好機は訪れるはずだと、信じているのです」

アリーチェははっとした。
何の根拠も、何の確約もないはずなのに、パトリスの言葉は、揺るぎない自信に満ちていた。
深い森の奥で静かに湧き出る泉のような、穏やかなのに力強いパトリスの声が、その声が紡ぐ言葉が、アリーチェの弱々しく揺らぐ心を策励するようだった。
パトリスの言葉を心の中で反芻すると、不思議なくらいに心の中が静まり返っていくようだった。
そのせいなのか、祖国と家族を失った悲しみでも、裏切ったティルゲルへの恨みでも、非道な謀略でカヴァニスとイザイアを陥れたセヴランへの憎しみでもなく、素直で真っ直ぐな、自分自身の気持ちに気が付く。

(………叶うことならば、ルドヴィク様にもう一度お会いして、全ての真実を確かめたい………)

彼が、隠していた真実を。
彼が、守ろうとしていたものを。
彼の、あの悲しげな瞳の奥の心を。

高い、高い天井を見上げて、アリーチェは両手をぎゅっと握りしめた。
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