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118.パトリス王太子

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本当に、本人なのだろうか。
確認をしようにも、この壁の向こうにいるパトリスの顔を見ることは出来ないし、そもそもアリーチェと、パトリスは一切面識がない。
それに、何よりも不思議なのは、他に幽閉されている人間がいることを、誰も口にしなかった事だ。
ティルゲルはともかくとして、東の塔に足を踏み入れることを許されている衛兵達はそう多くないはずだし、そんな彼らがパトリスの存在を知らないはずがない。
ならば、どうして。

「やはり、信じられないですよね。『私』は王都にいるはずですから」

何も言わないアリーチェに、パトリスの声が語りかける。
アリーチェはどう答えるべきか悩みながらも口を開いた。

「………わたくしは、アリーチェ・カヴァニス。亡きカヴァニス王国の第一王女です」

アリーチェが名乗ると、ガシャリと乱暴に鎖が鳴る音が響いた。
はっきりしたことは分からないが、おそらく彼は逃げられないように鎖で繋がれているのだろう。

「カヴァニスの、アリーチェ王女…………っ?」

パトリスにとっても、アリーチェがこの場にいることは予想外だったようだ。
それは当然だろう。
ここは、ブロンザルド王家の為の牢獄。他国の王女がいる場所ではない。

「カヴァニスが、滅んで………王女がここに連れて来られた………?一体どういう事だ………?」

パトリスは混乱したように声を震わせた。
アリーチェはじっと耳を澄まして、彼の気配を感じ取ろうと努めた。
彼が動く度に響く重たい金属の音と、やや掠れた、低く弱々しい声以外は彼の存在を確かめられない。
ただ、顔も見えない、どんな人間なのかも分からない男だというのに、この場所で一人きりではないという事実は、アリーチェを酷く安心させた。

「あの、わたくしも混乱していて、よく分からないのですが………。あなたがブロンザルドの王太子だと仰るのであれば、何故こんな場所に幽閉されているのです?王都にいる王太子は何者なのですか?」

アリーチェは椅子を石壁の近くへと移動させ、腰を下ろした。
かたん、という椅子の脚が立てた音にすら、パトリスは敏感に反応しているようだった。

「………私がここに幽閉されたのは、もう随分前のことになります」

パトリスは穏やかな、けれども全てを諦めたような口調で、己の身に起きた事を語り始めた。
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