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117.先客
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ティルゲルたちの足音が遠ざかっていくのを確認し、アリーチェは天井を仰ぐとほっと溜息をついた。
そして、質素な椅子に腰を下ろすと、改めて部屋の中を確認する。
さほど広くない部屋の中はむき出しの堅牢な石の壁に覆われ、天井に近い位置に明かり取りの小さな窓が一つあるだけだった。
床も同じく石造りで、靴を履いていても冷たさがじわじわと駆け上がってくるようだった。
備え付けられた家具は木製の、お世辞にも立派とは言い難い椅子とテーブルとベッドのみで、それこそ平民の使うものと大差はないようだった。
一応掃除はされているようだったが、体に纏わりつくような淀んだ空気は不快以外の何物でもない。
「………この場所に、一生幽閉されれば、体よりも先に心が壊れてしまうでしょうね………」
この世の終わりのような光景を目の当たりにしたアリーチェには、特段過酷な場所という感じはしなかったが、王族として贅の限りを尽くした生活を当然と思っている人間にとってはこの上ない苦痛と屈辱だろう。
「準備が出来たら、と言っていたけれど………わたくしは一体何をされるのかしら………」
誰もいない部屋の中で、アリーチェはひとり呟いた。
と。
「……………誰だ」
「……………っ!」
不意に男の声が響き、アリーチェは驚きのあまり強く息を吸い込んだ。
部屋の中を見回すが、人の姿はない。
黙ったまま、注意深く気配を探ると、ガチャリ、と重たい金属を引き摺る音が聞こえた。
「誰か、いるのですか?」
自然と、声が震えた。
おそらく先程の声の主は、厚い石の壁を隔てた向こう側ーーー隣の部屋にいるのだろう。
「名乗って、信じてもらえるかは分からないが………私は、パトリス。パトリス・ブロンザルドだ」
声の主は、暫しの沈黙の後、躊躇いがちに声を上げる。
彼が名乗った名前に、アリーチェは驚きのあまり、茫然とした。
パトリス・ブロンザルド。
アリーチェの記憶が確かならば、それはブロンザルドの王太子の名であったはずだ。
だが王太子は国王の不在を預かり、王都にいるはずだ。
このような辺境の城の、しかも重罪人を幽閉する為の場所にそのような人物がいるなど、俄には信じがたくて、アリーチェは顔の見えない男がいるであろう石の壁を、戸惑いながら見据えることしか出来なかった。
そして、質素な椅子に腰を下ろすと、改めて部屋の中を確認する。
さほど広くない部屋の中はむき出しの堅牢な石の壁に覆われ、天井に近い位置に明かり取りの小さな窓が一つあるだけだった。
床も同じく石造りで、靴を履いていても冷たさがじわじわと駆け上がってくるようだった。
備え付けられた家具は木製の、お世辞にも立派とは言い難い椅子とテーブルとベッドのみで、それこそ平民の使うものと大差はないようだった。
一応掃除はされているようだったが、体に纏わりつくような淀んだ空気は不快以外の何物でもない。
「………この場所に、一生幽閉されれば、体よりも先に心が壊れてしまうでしょうね………」
この世の終わりのような光景を目の当たりにしたアリーチェには、特段過酷な場所という感じはしなかったが、王族として贅の限りを尽くした生活を当然と思っている人間にとってはこの上ない苦痛と屈辱だろう。
「準備が出来たら、と言っていたけれど………わたくしは一体何をされるのかしら………」
誰もいない部屋の中で、アリーチェはひとり呟いた。
と。
「……………誰だ」
「……………っ!」
不意に男の声が響き、アリーチェは驚きのあまり強く息を吸い込んだ。
部屋の中を見回すが、人の姿はない。
黙ったまま、注意深く気配を探ると、ガチャリ、と重たい金属を引き摺る音が聞こえた。
「誰か、いるのですか?」
自然と、声が震えた。
おそらく先程の声の主は、厚い石の壁を隔てた向こう側ーーー隣の部屋にいるのだろう。
「名乗って、信じてもらえるかは分からないが………私は、パトリス。パトリス・ブロンザルドだ」
声の主は、暫しの沈黙の後、躊躇いがちに声を上げる。
彼が名乗った名前に、アリーチェは驚きのあまり、茫然とした。
パトリス・ブロンザルド。
アリーチェの記憶が確かならば、それはブロンザルドの王太子の名であったはずだ。
だが王太子は国王の不在を預かり、王都にいるはずだ。
このような辺境の城の、しかも重罪人を幽閉する為の場所にそのような人物がいるなど、俄には信じがたくて、アリーチェは顔の見えない男がいるであろう石の壁を、戸惑いながら見据えることしか出来なかった。
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