隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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99.苛立ち

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「魔石を、飲み込んだ………?」

アリーチェは口元を抑えると、信じられないといったように小さく首を横に振った。

「私も、初めは反対しました。魔石は非常に便利なものですが、反面、姫様のように使うことで体調を崩してしまうこともある、諸刃の剣のようなものだと………。それでも、魔石を体内に取り込むことで、肉体の強化、特に筋力の増強が見込めるということで、彼は納得したうえで自らの意思で飲み込んだのです。そして、彼が飲み込んだ魔石の欠片の元となるこの魔石は欠片の魔力を感知して共鳴します。………だから、この石を持つ私は、アマデオの無事を知ることができるのです」

衝撃的な事実に、アリーチェは言葉を失った。
体にどのような影響があるのかわからないのにもかかわらず、それを取り込み、命の危険を顧みずに敵国に忍び込んだアマデオの忠誠心には目を瞠るものがあるが、一体誰がアマデオにそんなことをさせたのだろうか。
思い当たる人物は、一人しかいなかった。

「………それを………魔石のことを、あなたとアマデオに教えたのは………」

何とか絞り出した声は、からからに干からびているようだった。

「宰相閣下………ティルゲル様です………」

スザンナの口からその名が零れた途端、アリーチェは思わず天を仰いだ。
カヴァニスの民から信頼を得ているのも、彼らを動かすことができるのも、彼をおいて他には思い当たらない。
だが、アリーチェの知るティルゲルは、真面目で思慮深い人物だった。
決してそのように、生きた人間を捨て駒にするような真似はしなかったはずだ。
アリーチェは無意識に胸元を飾る小さな首飾りの魔石に手をやった。

「やはり、ティルゲルが………」

そこまで彼を追い詰めたのは、間違いなくルドヴィクだろう。
この首飾りの送り主は、やはりカヴァニスとそこに暮らす民たちに、様々な不幸をもたらす存在としか思えなかった。
それなのに、ルドヴィクを憎むことができない自分自身に、アリーチェは苛立つ。
いっそのことこの首飾りを引き千切って、床に投げつければ気が済むのだろうか。
そんな激しい感情がアリーチェの中で渦巻くのに、怒りも悲しみも、形を成さない。
アリーチェが力いっぱい手の中の魔石を握りしめると、爪が手のひらに食い込み、血が滲む。

「姫様、お手が………っ!」

その様子を見たスザンナが、慌ててアリーチェを止めようとするが、アリーチェはふるふると首を振り、声にならない言葉を唇で形作ると、静かに涙を零したのだった。
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