隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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94.セヴランの訪問

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明らかに顔色の悪いアリーチェのためにスザンナが用意してくれたのは、体を強く締め付けるようなきちんとしたドレスではなく、簡素な作りのワンピースだった。

「これならばお倒れになることはないと思いますが………」 
「ありがとう、スザンナ」

アリーチェは微かに笑みを浮かべて立ち上がる。
ティルゲルを訪ね、きちんと謝罪をし、それから自分はイザイアと争うつもりはないことをもう一度訴えてみるつもりだったからだ。

「姫様、お食事は…………?」
「食欲は、ないの。………でも、大丈夫よ」

スザンナを心配させまいと、アリーチェは頷いて見せた。
一体何が『大丈夫』なのか、自分でも分からなかったが、それでも黙ったままよりはいいだろう。

「少し、ティルゲルと話をしてくるわ」
「姫様…………!」

アリーチェはワンピースの裾を翻し、扉へと向った。ーーーその時だった。

「おはようございます、アリーチェ王女」

扉を叩く音と同時に、春の陽射しのような穏やかさを纏った声が響いた。
アリーチェのことを『王女』と呼ぶのは、ブロンザルドの人々だ。
そして、この穏やかな口調を聞いて思い当たる人物は、ただ一人。

「国王、陛下…………?」
「はい、私です」

予想外の訪問者に、スザンナが大慌てで扉を開ける。

「もしかすると、驚かせてしまったかな?アリーチェ王女の体調が芳しくないようだと昨晩軽食を届けさせた侍女から聞いて、心配になって来てみたのですよ。………なるほど。確かに顔色が良くないようですね」

灰色の瞳が、じっとアリーチェを見つめる。
いや、見つめるというよりも、観察すると言ったほうが適切なのかもしれない、そんな視線だった。

「少し、夢見が悪かっただけですわ。陛下にご心配をしていただくようなほどの事では………」
「そうは言っても、昨夜も殆ど食事を摂っていませんでしたし、その様子ですと、朝食も摂っていないのでしょう?」

セヴランの瞳が、ほんの僅かに鋭さを増した。

「…………食欲が、ないのです」

アリーチェが消え入りそうなほどに小さな声で呟くと、セヴランは労るような表情を浮かべて、目を細めた。

「………無理に食事を摂れ、とは申しません。ですが、全く何も口にしないというのは、却って体によくありませんからね」

そう言って、セヴランはどこからともなく取り出した、真っ赤に熟した林檎の実を一つアリーチェへと差し出す。

途端に大人しくなったアリーチェを、セヴランは再び値踏みするような視線を向けるのだった。
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