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93.記憶にない悪夢

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気がつくと、朝日がアリーチェの顔を照らしていた。
あの後どうしたのか、いつ眠りについたのかすらも覚えていなかった。

「……………っ」

ゆっくりと身を起こすと、額や胸元に髪の毛が張り付いていることに気が付いた。
そっと額に手を当てて張り付いた髪を整える。
そして、深く息を吸い込んだ。

「おはようございます、姫様。………ご気分はいかがですか?その、随分と魘されておいでだったので、何度かお声掛けしたのですが………」

アリーチェが起きたことに気が付いたスザンナが、すかさずアリーチェに駆け寄ると、ハンカチで汗をぬぐってくれる。

「魘されて、いた?」

アリーチェは目を瞬いた。
喉が酷く乾いていて、声は掠れてしまっていた。
そんなに酷い悪夢を見ていたのならば、少しくらいは覚えていてもいいはずなのに、夢を見ていたということすらも全く記憶にない。
それなのに体が重いような、奇妙な疲労感が残っていた。

「体調が優れないのであれば、もう少しお休みください。宰相様には私から伝えておきます」

宰相、という言葉にアリーチェはびくりと肩を震わせた。
ティルゲルに、会うのが怖い。
それが今のアリーチェの正直な気持ちだった。
だが、いつまでも避け続ける訳にはいかないし、何よりもただこうしてブロンザルドの世話になる訳にはいかない。

一度決意したことを、覆すような真似をしなければこうはならなかっただろう。
それでも、アリーチェは己の心を偽り続けることが出来なかった。

「………ありがとう、スザンナ」

小さな吐息と共に、アリーチェが微かに笑顔を浮かべると、スザンナは安堵の笑みを浮かべて頷いた。

「………でも」

表情はそのままに、アリーチェが否定の言葉を口にするのを聞いて、スザンナはぴくりと肩を揺らした。

「結論を先延ばしにしても、それは逃げているだけで、何も進まないわ。………だから、いつも通りに支度をしてくれるかしら?」

いつの間にかアリーチェの顔に浮かんでいたのは、苦しそうな笑顔で、スザンナは一瞬眉を顰めた。

「ですが、それでは姫様が…………っ」
「わたくしは、大丈夫よ。それに、これはわたくし自身の問題だもの」

不安そうに声を荒げるスザンナに対して、アリーチェはきっぱりとそう告げながら、悲しげに微笑むのだった。
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