隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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85.不安

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沈黙が、空間を制した。
呼吸すらも気を遣わなければならないような、張り詰めた空気が漂う。
それでもアリーチェは真っ直ぐにセヴランを見据えていた。

「姫様、ご自身が今、何を仰ったのかを分かっていらっしゃるのですか………?」

狼狽えたように口を開いたのは、ティルゲルだった。
重苦しい沈黙を破ったその声は、戸惑いと失望に満ちていた。

「………ごめんなさい」

アリーチェは心底申し訳無さそうに俯いた。

「無責任なのは分かっています。けれど、わたくしには父のような決断力も、兄のような勇猛さもありません。それに、母のような聡明さも持ち合わせていないわ。………何の力もない、元王族という肩書しか残されていないわたくしが民を扇動したとしても、また多くの血が流れるのを、見たくはないのです…………」

全ての憎しみをぶつけるべき相手を愛してしまったアリーチェの中にはもう、彼への憎悪など欠片も残されていない。
そんなアリーチェには、ルドヴィクに刃を向けることなど、最早出来ないと、自覚してしまったのだ。

「姫様…………」

信じられないと言うように、ティルゲルがアリーチェを見つめている。
その視線があまりにも冷たくて、アリーチェは居た堪れない気持ちになる。

「………ティルゲル殿。そのように王女を非難するものではありませんよ。王女が怯えているではありませんか」

柔和な笑みを浮かべたセヴランが、やんわりとティルゲルを嗜める。

「し、しかし陛下…………」

ティルゲルは困ったように視線を彷徨わせた。

「あなたの言い分も尤もです。綺麗事だけでは、国を動かしてはいけませんからね」

そして、もう一度アリーチェに向き直ると、セヴランは優しく語りかけてくる。

「ですが、ご自身を無価値なもののように言うのはお止めなさい。ご自身を貶めても良いことなどありませんよ。それに、ご自身の言葉が、どれだけの影響力を持っているのかをよく考えてから発言したほうが良いでしょう。………今の言葉は聞かなかった事にしておきます。魔石の影響で、少し気持ちが昂ぶっているのでしょうね。ゆっくりと休んで、もう一度よく考えてみたほうが良いと思いますよ」

セヴランはふっと頬を緩めると、壁際に控えていた侍女たちに声を掛けた。

「王女を部屋に案内して差し上げなさい。くれぐれも失礼のないようにね」

立ち上がったセヴランは、慈愛に満ちた微笑みをアリーチェへと向ける。
灰色に光る双眸に、全てを見透かされているような気がして、アリーチェは思わず顔を背けてしまった。
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