隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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80.出国

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ブロンザルドへの出立準備が整ったと告げられたのはそれから三日後のことだった。

「商隊に同行する形での出国を予定していたのですが、国境を超えるための検問が随分厳しくなっているそうで………。やむを得ず、魔石の力を使うことになってしまいました」

スザンナが申し訳なさそうに頭を下げる。
おそらく、イザイアの城を脱出する際に魔石が発する魔力にあてられたアリーチェが意識を失ってしまったことを気にしているのだろう。

「でも………この人数を一度に移動させるのは不可能ではないの?」

アリーチェは不安そうにスザンナを見る。

「何でも、大きな魔石を核にして魔法陣を作る方法があるのだと宰相様が仰っていました。………大丈夫ですよ、姫様。万が一何かがあっても、私が姫様をお守りしますから」

スザンナがアリーチェを励ますように、にこりと微笑む。

「………ありがとう、スザンナ。でも、あなたが傷ついたら、わたくしは悲しいわ」

アリーチェは沈む気持ちを隠しながら、半ば無理やりに笑顔を浮かべた。
上手く笑えているかどうかすら、定かではない。それくらいに、笑うのが辛かった。
結局理由をつけながら、己に課せられた使命から逃げたいだけなのだということは分かっている。
それを自覚すればするほどに、アリーチェは息苦しくなっていった。

「………そろそろ参りましょう。皆が、待っています」

ほんの少しだけ躊躇いがちに、スザンナがアリーチェを促す。
時折スザンナは、アリーチェを気遣わしげな、それでいてどこか悲しげな表情で見つめることがあった。
イザイアの城でのアリーチェの様子を見ていた彼女は、もしかするとアリーチェのルドヴィクに対する気持ちに気が付いているのかもしれない。
それでも彼女はそのことについては一切触れずにいてくれることが、アリーチェにとっては救いのように思えた。
彼への気持ちを問われれば、隠し通せる自信がないからだ。

アリーチェは美しい虹色の瞳を目を伏せたまま、ゆっくりと立ち上がる。
そして、スザンナに先導されながらのろのろとした動作でティルゲル達の待つ広間へと歩いていった。

「さあ姫様、こちらへ」

エントランスホールに到着すると、ティルゲルが優しい表情を浮かべて出迎えてくれた。
彼らの足元には、いくつもの魔石が転がっており、それを結ぶように不思議な文様が描かれていた。
そこに足を踏み入れたら、もう己の運命からは逃れられない。
そう思うとアリーチェの足は自然に止まった。

「姫様?」

ティルゲルが立ち止まったアリーチェに向かって手を差し出す。

「我々が付いていますから、大丈夫ですよ。さあ、こちらへ」

行かなければならないのに、行きたくない。
先日、決断を下した時と同じ迷いを抱えたまま、アリーチェは目を閉じ、一歩を踏み出す。

無意識に、ルドヴィクがくれた首飾りを握りしめていた。
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