隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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77.追手

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アドニスの街での生活は、驚くほどに快適で、思いの外楽しいものだった。

魔石の力を使い、見た目を戸ば外出も出来るし、ティルゲルやスザンナは勿論のこと、屋敷の人々も皆アリーチェにとても良くしてくれた。
まるで平穏だったカヴァニスでの日々が戻ってきたような感覚に、アリーチェの心は安らいだが、それでも胸の奥が軋むような喪失感だけは決して埋まることはなかった。

「随分と、表情が明るくなられましたな。こちらに来られたばかりの頃は、随分と衰弱されていて、心配いたしておりましたが………」

ティルゲルが深い皺の刻まれた顔をくしゃりと歪めて笑顔を浮かべた。

記憶にあった彼は、典型的な中年紳士だったがこの一年足らずで十歳は歳をとってしまったように見えた。
確かティルゲルはアリーチェの父よりも少し年下だったはずなのに、見た目だけで言えば、アリーチェの祖父と言っても納得がいくくらいだ。

「………そうね」

そんなティルゲルを見つめていることすらも居たたまれず、アリーチェはさり気なく視線を逸らす。

「それで、話があると聞いていましたが、一体なにかしら?」

そのままぼんやりと床を見つめながら、アリーチェはティルゲルに問いかけた。

「イザイアの王が、密かに姫様の行方を探っているようで、追手がすぐ近くまで来ているようです」

ティルゲルは呼吸を落ち着かせてから、ふと真顔になった。

「………彼が、私を探しているの?」
「はい。近々このアドニスの街にもイザイア王の手の者が来るようです。捕まれば、今度こそ間違いなく、姫様の命はないでしょう」

きっぱりと告げられ、アリーチェははっと息を呑んだ。

理由はどうあれ、自分は城を逃げ出した、元王族の捕虜。
普通に考えれば、処刑されても文句は言えない。
ーーーだが、彼は本当に自分を殺そうとするのだろうか。
あの炎の中、自分の命でさえも危ないというのに、意識のないアリーチェを抱え、イザイアまで連れてきてくれたというのに、わざわざ自分を殺すという、選択を、選ぶのだろうか。

「………相手は、残虐非道な戦を仕掛けてきた殺人鬼ですぞ」

揺らぐアリーチェの心に追い打ちを掛けるかのように、ティルゲルが声を上げると、近くに控えていたスザンナも頷いた。
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