隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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74.葛藤

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ティルゲルが部屋を出ていくのを見送ると、アリーチェは小さく溜息をついた。
一度に様々なことがありすぎて、混乱しているというよりも夢を見ているような気持にすらなる。

「姫様。何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」

ぼんやりと視線を彷徨わせているクラリーチェを心配したらしいスザンナが、そっと声をかけてくれた。
それがジネーヴラと重なって、アリーチェは思わずはっとする。

「え、ええ………。お願いするわ」

返事を返しながら、アリーチェは俯いた。
ジネーヴラよりもスザンナとの付き合いのほうがずっと長いというのに、どうしてジネーヴラを思い浮かべてしまうのだろう。
献身的に世話をしてくれたから、情が移ったのだろうか。しかし、それならばスザンナとて同じはずだ。

暫くしてスザンナがお茶を持ってきてくれた。
ふわりと立ち昇る香りは、カヴァニス故郷でアリーチェが好んでいたものだったが、それを懐かしいとは感じても、心は満たされなかった。

その理由を考えながら、部屋の中を見回す。
きっとこの部屋は、ティルゲルたちがアリーチェの好みを反映して用意してくれたものに違いないのに、どうして虚無感がこみあげてくるのだろう。

(………わたくしは、イザイアの城に戻りたいのだわ)

暫く考えて、その答えに辿り着いたとき、アリーチェは強い罪悪感を覚えた。
皆が、父王をはじめ、あの日に「カヴァニス王国」とともに死んでいった者たちの無念を晴らし、イザイアに一矢報いるために決死の覚悟で自分を助けだしてくれたというのに、その思いを踏みにじるような気がしたからだ。

彼への想いはやはり、許されないものだと分かっていても、どんなに冷たく拒絶されても、諦めることは出来なかった。
それなのに、もしかしたら次に彼に逢う時は、彼とは敵同士として対峙しなければならないかもしれないし、場合によってはこの手で彼を、殺さなければならないかもしれないのだ。

「…………っ」
「姫様…………?」

気がつくと、アリーチェの頬を涙が伝っていった。

突然泣き出したアリーチェを、スザンナが驚いたように見つめ、それからゆっくりとアリーチェに歩み寄ると、優しくアリーチェの背中を撫でてくれた。

「姫様………」

スザンナが心底心配してくれているのは分かるが、それが余計にアリーチェの心を刺激している気分になる。

「………大丈夫よ。…………大丈夫」

アリーチェは心の葛藤を隠し、涙を流しながら無理矢理に微笑んでみせたのだった。
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