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72.回顧(2)
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「姫様を城から脱出させた後、私は城内で国とともに焼け落ちる覚悟でした。それが、運良く瓦礫の隙間に倒れ、そのまま意識を失い………。次に目覚めたのは、隣国ブロンザルドの野営地でした」
淡々とした口調であの日、アリーチェが城を脱出してからの事を、ティルゲルが語り始める。
一言一言に無念さが滲んでいるようで、アリーチェは居た堪れない気持ちになる。
「ブロンザルド…………?」
カヴァニスと不可侵協定を結んだもう一つの隣国ブロンザルドの名が、そこで出てきたことにアリーチェは違和感を覚えた。
「ええ。………恐らくですが、国王陛下は事前に、イザイアがわが国に攻め入ってくる事に気が付いていたのかもしれません。イザイアの兵が、王都を出たタイミングでブロンザルドの兵がカヴァニスの王都へ入り、生き残った民の命を何とか繋ぎ止めてくれたのです」
ティルゲルはそう言って、胸元から紅く輝く石を一粒、取り出した。
「………本当に、ブロンザルドの魔石は素晴らしいですね。私の命を救ってくれたのですから」
「ブロンザルドは、我が国の民のために、そんなにも貴重なものを…………」
世界で唯一、ブロンザルドでしか産出されない魔石を、傷付いた者達の治療のために使ってくれたらしい。
「まさかカヴァニスが、このような形で終わりを告げるとは思っても見なかったと………」
ティルゲルは悔しそうに、強い意志の宿った瞳を伏せた。
「お父様が、もっと早くイザイアの動きを察知していれば………こんなことにはなら、このような結末にはならなかったのでしょうか………」
失われてしまったティルゲルのあしを見つめながら、アリーチェは顔を顰めて呟く。
ティルゲルの憶測が正しいのであれば、もっと早く手を打つことが出来たのではないだろうか。
今更そんなことを考えても無駄なのに、考えずにはいられなかった。
そして、ルドヴィクは何故、カヴァニスを滅ぼしたのかーーー。
彼の深いエメラルド色の隻眼を思い浮かべながら、アリーチェはただじっと、そんなことを考える。
そして、ルドヴィクを思い出すだけでも、彼が恋しくて堪らなくなる自分自身が、アリーチェは許せなかった。
「兎も角、そうして私達はあの男の息の根を止めるために、舞い戻ってきたのですよ」
そう言って、ティルゲルは嗤った。
淡々とした口調であの日、アリーチェが城を脱出してからの事を、ティルゲルが語り始める。
一言一言に無念さが滲んでいるようで、アリーチェは居た堪れない気持ちになる。
「ブロンザルド…………?」
カヴァニスと不可侵協定を結んだもう一つの隣国ブロンザルドの名が、そこで出てきたことにアリーチェは違和感を覚えた。
「ええ。………恐らくですが、国王陛下は事前に、イザイアがわが国に攻め入ってくる事に気が付いていたのかもしれません。イザイアの兵が、王都を出たタイミングでブロンザルドの兵がカヴァニスの王都へ入り、生き残った民の命を何とか繋ぎ止めてくれたのです」
ティルゲルはそう言って、胸元から紅く輝く石を一粒、取り出した。
「………本当に、ブロンザルドの魔石は素晴らしいですね。私の命を救ってくれたのですから」
「ブロンザルドは、我が国の民のために、そんなにも貴重なものを…………」
世界で唯一、ブロンザルドでしか産出されない魔石を、傷付いた者達の治療のために使ってくれたらしい。
「まさかカヴァニスが、このような形で終わりを告げるとは思っても見なかったと………」
ティルゲルは悔しそうに、強い意志の宿った瞳を伏せた。
「お父様が、もっと早くイザイアの動きを察知していれば………こんなことにはなら、このような結末にはならなかったのでしょうか………」
失われてしまったティルゲルのあしを見つめながら、アリーチェは顔を顰めて呟く。
ティルゲルの憶測が正しいのであれば、もっと早く手を打つことが出来たのではないだろうか。
今更そんなことを考えても無駄なのに、考えずにはいられなかった。
そして、ルドヴィクは何故、カヴァニスを滅ぼしたのかーーー。
彼の深いエメラルド色の隻眼を思い浮かべながら、アリーチェはただじっと、そんなことを考える。
そして、ルドヴィクを思い出すだけでも、彼が恋しくて堪らなくなる自分自身が、アリーチェは許せなかった。
「兎も角、そうして私達はあの男の息の根を止めるために、舞い戻ってきたのですよ」
そう言って、ティルゲルは嗤った。
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