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67.信じなければならない者

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それからすぐにジネーヴラがお茶を運んできてくれて、ジルベールと共にお茶を楽しんだが、アリーチェの心の中は穏やかではなかった。

アマデオが捕まったのであれば、アドニスの街にいるという元宰相のティルゲルたちが捕まるのは、時間の問題だろう。
アドニスの街に反ルドヴィクを掲げる勢力が集まっているという事実すらも確かではないのに、アリーチェは彼らの、そして本当に味方なのかもわからないアマデオの無事を祈ってしまう。

ルドヴィクを憎むことも、彼に復讐することも出来ず、それなのに彼の命を狙う亡き故郷の同胞たちの安否を気遣ってしまう自分のこの気持ちは、偽善以外の何物でもなかった。
思わず自嘲の笑みを零すと、微かにジネーヴラが反応した。

「アリス様………?」

怪訝そうな表情で、ジネーヴラが声をかけてきたことでアリーチェははっと我に返った。

「………ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて………」
「でも、お顔の色が優れないように見受けられます」
「どうやらアリス嬢のほうが私よりもよほどお疲れの様子ですね。急ぎの仕事がなければ、今日はもう休まれたほうがいいのではないですか?」

ジルベールもジネーヴラに加勢し、アリーチェは結局促されるままに部屋に戻った。

「体調が悪いのであれば、早く仰ってくだされば良かったのです」
「どこも具合の悪いところなどないわ」

ただこの胸の中で燻る苦くて重いこの気持ち以外は、と心の中で付け足すとアリーチェはゆっくりと魔石のネックレスを外す。
ずっとこの魔石を身に着けていると、疲れてしまうのは事実だった。
慣れない「魔力」の力に頼っているせいなのだろう。
でもそんなことを話したら、きっとこの魔石は取り上げられて、外出の機会を失ってしまうだろう。

「それならば良いのですが………」

僅かに唇を尖らせて、ジネーヴラは元来の姿に戻ったアリーチェの様子をじっと窺っている。

それが彼女の「仕事」なのだと分かってはいても、自分の身を案じてくれる人間が近くにいるということは心強かった。
だがその一方で、そんな彼女にすらも心を許しきれないということが悲しくもある。

ジネーヴラやクロード、そしてジルベールと、この国の人間と親しくなることは出来ても、内に秘めた気持ちを打ち明けるような信頼関係は築けない。
アマデオのことも心配ではあるが、本当に信用していいのかわからない。
そして、ルドヴィクに心を奪われてしまっているのに、彼を信用できない。

自分が今、本当に信じなければいけないのは、いったい誰なのだろうーーー。

アリーチェはぼんやりとした頭で、天を仰いだ。
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