隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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59.言いしれない感情

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アリーチェの言葉に、ルドヴィクはこれ以上ないくらいに大きく目を見開くと、無言のまま歯を食いしばり、両手の拳を強く握りしめた。
それと同時に、重苦しい静寂が二人の間を漂っていく。

先程目にして、感動したはずの咲き誇る花々も、木々で羽を休める鳥達の囀りも、全てが一瞬で色を失ってしまったように思える。
アリーチェは、そんな無機質な世界の中でも唯一光り輝く深いエメラルド色の宝石をただじっと見据えた。

「………それと、これとは話は別だ」

どれくらいの時間が過ぎただろうか。
徐ろにルドヴィクが、その息が詰まるような沈黙を破った。
だが、その表情は仄暗かった。

「今のあなたは、もうカヴァニスとは関係ない。………元王女というだけの、我が国の客人だ。私のように、過去に縛られ、命を削る必要などない」

怒りでも、苛立ちでもない感情が、ルドヴィクの隻眼に宿っているように見えた。

「それでも、この身に流れる血は変えることは出来ません。………それに、過去に縛られるなと仰いますが、陛下はわたくしに『陛下を憎め』と命じられたではありませんか」

更にルドヴィクを追い詰めるように、彼の言葉の矛盾点を指摘すると、ルドヴィクははっと息を呑んだようだ。

「………よく口と頭が回るようだ」

驚きでも、感心でもない感情を浮かべると、ルドヴィクは感情を押し殺すように息を吐き出すと、踵を返した。

「………憎しみは、時として強い力を生む。だからこそ、私はあなたに、私という人間を憎み続けて欲しいと思った」

それだけを絞り出すように呟くと、ルドヴィクは大股でその場を立ち去っていった。

分かるようで分からない、不可解なルドヴィクの言葉を噛み締めながら、アリーチェは溜息をついた。

「…………姫君…………。申し訳ないことをしました」

アリーチェの背後で、申し訳なさそうにクロードが囁いた。
そう言えば彼をかばう為にあんなことになったということを、今更ながらに思い出す。

「………クロード様がお気になさる必要はありません。わたくしはただ陛下の過ちを指摘しただけですもの。それに………」

喉の奥に、何かが引っかかっているような、奇妙な感覚。
それは彼の本心を、………彼が隠そうとしている真実を知ることができたのならば、この気持ち悪さから解放されるのだろうか。

「………姫君?」
「………いいえ、何でもないわ」

アリーチェは力なく笑うと、ルドヴィクが立ち去った方向にもう一度だけ視線を移したのだった。
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