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45.恋煩い
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その日以降、城全体がどこかぴりぴりとした空気に包まれた。
アリーチェと直接顔を合わせるジネーヴラら侍女も、表面上はいつも通りに振舞っているが、どこか落ち着かないような、張り詰めた雰囲気を纏っていた。
そしてルドヴィクも時折顔を出すものの、以前のようにアリーチェを晩餐に誘ってくれたり、城内の散歩へと誘い出してくれることはなくなった。
以前と変わらない幽閉生活を送ることよりも、ルドヴィクとともに過ごす時間が少なくなってしまったことに悲しみを感じて、アリーチェは愕然とした。
いつの間にか、こんなにもルドヴィクに心が囚われてしまっていたのだ。
「わたくし………どうかしてるわ………」
アリーチェは小さく呟いた。
自分自身がどうするべきなのか、何をすべきなのかももう分からなくなっていた。
少し前は、ルドヴィクに亡き祖国の復讐を果たすという大義名分の元、野心を燃やしていたというのに、今ではそんな気持ちは微塵もなかった。
代わりにあるのは、使命を放棄し、あろうことか敵に恋心を抱いてしまったという罪悪感。
それを自覚すればするほどに、アリーチェは自分が嫌になっていった。
だがそれでも、ルドヴィクを想う気持ちを捨てることは出来なかった。
それなのにルドヴィクは、アリーチェが近づくことを拒絶する。
深いエメラルド色の隻眼が揺らぐ様を見て、彼に惹かれ始めたということは分かっていた。
そして、ルドヴィクの過去を聞いて、あの揺らぎが彼の辛い生い立ちと、残酷すぎる現実に起因しているのだということも何となく察していた。
まるで手負いの獣のように『何か』に怯える彼の姿を思い浮かべるだけで、アリーチェは胸がきゅっと締まるようだった。
「アリーチェ様、顔色が悪いようですが………?」
「ありがとう、ジネーヴラ。大丈夫よ」
アリーチェの様子がおかしいことに、即座に気が付いたジネーヴラに向かって無理やり微笑むと、アリーチェは自分を落ち着かせるように深く息を吸い込む。
「………ですが………」
「本当に、何でもないの。少し、考え事をしていただけよ」
だがジネーヴラは全くアリーチェの言葉を信用していないようだった。
そんなに酷い顔をしていたのだろうかと思い、隠すように頬に手を当てた。
恋煩い、という言葉があるが、このもどかしいような苦しさも、そう呼ばれるのだろうかとアリーチェはぼんやりと考える。
「ただの考え事でそんな顔色にはなりませんわ。……今、緊張をほぐす効果のある薬湯茶をお持ちしますから、少しお休みになってください」
アリーチェに向かって気づかわしげに笑顔を浮かべると、ジネーヴラは素早く部屋を出て行った。
アリーチェと直接顔を合わせるジネーヴラら侍女も、表面上はいつも通りに振舞っているが、どこか落ち着かないような、張り詰めた雰囲気を纏っていた。
そしてルドヴィクも時折顔を出すものの、以前のようにアリーチェを晩餐に誘ってくれたり、城内の散歩へと誘い出してくれることはなくなった。
以前と変わらない幽閉生活を送ることよりも、ルドヴィクとともに過ごす時間が少なくなってしまったことに悲しみを感じて、アリーチェは愕然とした。
いつの間にか、こんなにもルドヴィクに心が囚われてしまっていたのだ。
「わたくし………どうかしてるわ………」
アリーチェは小さく呟いた。
自分自身がどうするべきなのか、何をすべきなのかももう分からなくなっていた。
少し前は、ルドヴィクに亡き祖国の復讐を果たすという大義名分の元、野心を燃やしていたというのに、今ではそんな気持ちは微塵もなかった。
代わりにあるのは、使命を放棄し、あろうことか敵に恋心を抱いてしまったという罪悪感。
それを自覚すればするほどに、アリーチェは自分が嫌になっていった。
だがそれでも、ルドヴィクを想う気持ちを捨てることは出来なかった。
それなのにルドヴィクは、アリーチェが近づくことを拒絶する。
深いエメラルド色の隻眼が揺らぐ様を見て、彼に惹かれ始めたということは分かっていた。
そして、ルドヴィクの過去を聞いて、あの揺らぎが彼の辛い生い立ちと、残酷すぎる現実に起因しているのだということも何となく察していた。
まるで手負いの獣のように『何か』に怯える彼の姿を思い浮かべるだけで、アリーチェは胸がきゅっと締まるようだった。
「アリーチェ様、顔色が悪いようですが………?」
「ありがとう、ジネーヴラ。大丈夫よ」
アリーチェの様子がおかしいことに、即座に気が付いたジネーヴラに向かって無理やり微笑むと、アリーチェは自分を落ち着かせるように深く息を吸い込む。
「………ですが………」
「本当に、何でもないの。少し、考え事をしていただけよ」
だがジネーヴラは全くアリーチェの言葉を信用していないようだった。
そんなに酷い顔をしていたのだろうかと思い、隠すように頬に手を当てた。
恋煩い、という言葉があるが、このもどかしいような苦しさも、そう呼ばれるのだろうかとアリーチェはぼんやりと考える。
「ただの考え事でそんな顔色にはなりませんわ。……今、緊張をほぐす効果のある薬湯茶をお持ちしますから、少しお休みになってください」
アリーチェに向かって気づかわしげに笑顔を浮かべると、ジネーヴラは素早く部屋を出て行った。
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