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37.再会
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結局城内は終日慌ただしかったが、アリーチェの居室はその喧騒から切り離されたかのように、いつも通り何事もなく時だけが過ぎていった。
「それでは、おやすみなさいませ」
湯浴みを済ませたアリーチェの、髪と肌の手入れを終えたジネーヴラ達が退出していくと、部屋の中が妙に広く閑散として見えた。
閉ざされた扉を見つめながら、アリーチェは静かに唇を噛んだ。
本当は心の奥で、ルドヴィクが訪ねて来てくれることを期待していて、それが叶わなかったことに思いの外気を落としている自分自身に気がついたからだ。
「…………わたくしは、何を考えているのかしら…………」
うっすらと湿った唇を解いて小さくそう呟くと、アリーチェは自嘲の笑みを浮かべた。
たった一瞬だけ、ルドヴィクと目が合っただけであんなにも動揺し、そして今はこうしてルドヴィクに会えないことに寂しさを感じている。
「陛下に、会いたいわ…………」
無意識のうちに己の唇からそんな呟きが零れ出て、アリーチェははっと息を呑んだ。
今のが自身の口から漏れ出たということ自体が信じられない言葉だった。
彼を許す気になれないと考えていた筈なのに、これではまるでルドヴィクを好いているようではないか。
アリーチェは恐る恐る唇に指先を当てた。
と。
突然部屋の扉を叩く音がして、アリーチェは肩を揺らした。
時計を見ると既に深夜の時間帯だった。
こんな時間に、秘されているはずのアリーチェの部屋を訪ねてくる人物として思い当たるのは数人だけだ。
「………どうぞ」
アリーチェが扉に向かって声を掛けると、躊躇いがちに扉が開けられた。
「アリーチェ姫………」
顔を覗かせたのは、案の定ルドヴィクだった。十日ぶりだろうか。
長い髪をそのまま下ろし、軍服に身を包んだルドヴィクは、どこか疲れたような表情を浮かべながら、アリーチェを見つめた。
「………挨拶も交わさずに出立してすまなかった」
微かに声が掠れて聞こえるが、それでもルドヴィクのエメラルド色の隻眼は真っ直ぐにアリーチェを見つめていた。
「そればかりではなく、帰還の挨拶でさえもこのような時間になってしまった。………さぞかし、退屈だったろう」
エメラルド色の瞳に、反省の色がはっきりと見えた。
「退屈だなんて、そんな事はございません………」
ルドヴィクはアリーチェが、退屈よりももっと複雑でやり場のない感情に振り回されている事など思いもしていないだろう。
「無事の帰還、心よりお慶び申し上げます」
アリーチェは形ばかりの笑顔を浮かべ、優雅な仕草で淑女の礼を披露したのだった。
「それでは、おやすみなさいませ」
湯浴みを済ませたアリーチェの、髪と肌の手入れを終えたジネーヴラ達が退出していくと、部屋の中が妙に広く閑散として見えた。
閉ざされた扉を見つめながら、アリーチェは静かに唇を噛んだ。
本当は心の奥で、ルドヴィクが訪ねて来てくれることを期待していて、それが叶わなかったことに思いの外気を落としている自分自身に気がついたからだ。
「…………わたくしは、何を考えているのかしら…………」
うっすらと湿った唇を解いて小さくそう呟くと、アリーチェは自嘲の笑みを浮かべた。
たった一瞬だけ、ルドヴィクと目が合っただけであんなにも動揺し、そして今はこうしてルドヴィクに会えないことに寂しさを感じている。
「陛下に、会いたいわ…………」
無意識のうちに己の唇からそんな呟きが零れ出て、アリーチェははっと息を呑んだ。
今のが自身の口から漏れ出たということ自体が信じられない言葉だった。
彼を許す気になれないと考えていた筈なのに、これではまるでルドヴィクを好いているようではないか。
アリーチェは恐る恐る唇に指先を当てた。
と。
突然部屋の扉を叩く音がして、アリーチェは肩を揺らした。
時計を見ると既に深夜の時間帯だった。
こんな時間に、秘されているはずのアリーチェの部屋を訪ねてくる人物として思い当たるのは数人だけだ。
「………どうぞ」
アリーチェが扉に向かって声を掛けると、躊躇いがちに扉が開けられた。
「アリーチェ姫………」
顔を覗かせたのは、案の定ルドヴィクだった。十日ぶりだろうか。
長い髪をそのまま下ろし、軍服に身を包んだルドヴィクは、どこか疲れたような表情を浮かべながら、アリーチェを見つめた。
「………挨拶も交わさずに出立してすまなかった」
微かに声が掠れて聞こえるが、それでもルドヴィクのエメラルド色の隻眼は真っ直ぐにアリーチェを見つめていた。
「そればかりではなく、帰還の挨拶でさえもこのような時間になってしまった。………さぞかし、退屈だったろう」
エメラルド色の瞳に、反省の色がはっきりと見えた。
「退屈だなんて、そんな事はございません………」
ルドヴィクはアリーチェが、退屈よりももっと複雑でやり場のない感情に振り回されている事など思いもしていないだろう。
「無事の帰還、心よりお慶び申し上げます」
アリーチェは形ばかりの笑顔を浮かべ、優雅な仕草で淑女の礼を披露したのだった。
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