37 / 351
36.帰還
しおりを挟む
それから数日、アリーチェは塞ぎがちだった。
用意された食事は何を口にしても味がなく、ジネーヴラたちとの会話にも身が入らない。
目に映る景色全てが全てが色を失ったように、虚しさを感じていた。
そんなアリーチェに対してジネーヴラたちは必要以上に干渉せず、そっと見守ってくれた。
本当に、自分には勿体ないほどに気遣いの出来る侍女たちだ。
アリーチェは彼女たちの配慮に甘えながら、訳の分からない感情に振り回される自分を宥めるようにぼんやりと過ごしていた。
ルドヴィクが視察から戻ったのは、五日後の事だった。
俄に城内が騒がしくなり、扉の外を人が行き交う気配を感じた。
「陛下が、無事に帰還されたようですね」
「………そうね」
ジネーヴラは邪気のない笑顔をアリーチェに向けたが、アリーチェはざわつく気持ちを抑えられずに、不安気に虹色の瞳を彷徨わせる。
ルドヴィクが城に戻ったということは、また彼と顔を合わせられる。
たったそれだけのことなのに、胸が弾むような気分になる。
だが、それがなぜなのかを確認しようとは思わなかった。………いや、敢えてその理由を考えないようにしていた。
「でも………陛下は一週間ほど留守にすると仰っていたのに、随分と早いお戻りだったのね………」
ふとルドヴィクの話を思い出したアリーチェは、怪訝そうに眉を顰めた。
「………アドニスの街では行方不明者が短期間に複数出ていると、新聞に記事が載っていたのだけれど、陛下が視察に行かれたことと関係があるのかしら………?」
「行方不明者、ですか………?それについては、私からは何とも………。でも、気になりますね。アドニスは比較的治安のいい街だと思うのですが………」
ジネーヴラが不思議そうな顔をする。
彼女の様子からだと、行方不明者の事件すらも知らなかったようだ。
「そう………」
ほうっと小さく息を吐き出すと、アリーチェは窓からルドヴィクの様子を窺う。
遠目からでも、漆黒の長い髪と体格のせいか、彼はよく目立った。
彼は今、何を思い、何を感じているのだろう。
窓に寄りかかりながらそんな思いで彼を見つめていると、ふとルドヴィクがこちらに顔を向けた。
「…………っ!」
彼のエメラルド色の隻眼が自分を捉えた事に気が付き、アリーチェは思わず息を呑む。
別にやましいことをしているわけではないのに、心臓が一気に跳ね上がり、アリーチェは咄嗟にカーテンの影に身を隠した。
「アリーチェ様…………?」
「あ………、な、何でも………ないわ………」
ジネーヴラが側に控えていた事すらも忘れるほどに動揺していた事に気がついてアリーチェは恥ずかしくなり、それを誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべたのだった。
用意された食事は何を口にしても味がなく、ジネーヴラたちとの会話にも身が入らない。
目に映る景色全てが全てが色を失ったように、虚しさを感じていた。
そんなアリーチェに対してジネーヴラたちは必要以上に干渉せず、そっと見守ってくれた。
本当に、自分には勿体ないほどに気遣いの出来る侍女たちだ。
アリーチェは彼女たちの配慮に甘えながら、訳の分からない感情に振り回される自分を宥めるようにぼんやりと過ごしていた。
ルドヴィクが視察から戻ったのは、五日後の事だった。
俄に城内が騒がしくなり、扉の外を人が行き交う気配を感じた。
「陛下が、無事に帰還されたようですね」
「………そうね」
ジネーヴラは邪気のない笑顔をアリーチェに向けたが、アリーチェはざわつく気持ちを抑えられずに、不安気に虹色の瞳を彷徨わせる。
ルドヴィクが城に戻ったということは、また彼と顔を合わせられる。
たったそれだけのことなのに、胸が弾むような気分になる。
だが、それがなぜなのかを確認しようとは思わなかった。………いや、敢えてその理由を考えないようにしていた。
「でも………陛下は一週間ほど留守にすると仰っていたのに、随分と早いお戻りだったのね………」
ふとルドヴィクの話を思い出したアリーチェは、怪訝そうに眉を顰めた。
「………アドニスの街では行方不明者が短期間に複数出ていると、新聞に記事が載っていたのだけれど、陛下が視察に行かれたことと関係があるのかしら………?」
「行方不明者、ですか………?それについては、私からは何とも………。でも、気になりますね。アドニスは比較的治安のいい街だと思うのですが………」
ジネーヴラが不思議そうな顔をする。
彼女の様子からだと、行方不明者の事件すらも知らなかったようだ。
「そう………」
ほうっと小さく息を吐き出すと、アリーチェは窓からルドヴィクの様子を窺う。
遠目からでも、漆黒の長い髪と体格のせいか、彼はよく目立った。
彼は今、何を思い、何を感じているのだろう。
窓に寄りかかりながらそんな思いで彼を見つめていると、ふとルドヴィクがこちらに顔を向けた。
「…………っ!」
彼のエメラルド色の隻眼が自分を捉えた事に気が付き、アリーチェは思わず息を呑む。
別にやましいことをしているわけではないのに、心臓が一気に跳ね上がり、アリーチェは咄嗟にカーテンの影に身を隠した。
「アリーチェ様…………?」
「あ………、な、何でも………ないわ………」
ジネーヴラが側に控えていた事すらも忘れるほどに動揺していた事に気がついてアリーチェは恥ずかしくなり、それを誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべたのだった。
3
お気に入りに追加
444
あなたにおすすめの小説
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る
ムーン
ファンタジー
完結しました!
魔法使いの国に生まれた少年には、魔法を扱う才能がなかった。
無能と蔑まれ、両親にも愛されず、優秀な兄を頼りに何年も引きこもっていた。
そんなある日、国が魔物の襲撃を受け、少年の魔物を操る能力も目覚める。
能力に呼応し現れた狼は少年だけを助けた。狼は少年を息子のように愛し、少年も狼を母のように慕った。
滅びた故郷を去り、一人と一匹は様々な国を渡り歩く。
悪魔の家畜として扱われる人間、退廃的な生活を送る天使、人との共存を望む悪魔、地の底に封印された堕天使──残酷な呪いを知り、凄惨な日常を知り、少年は自らの能力を平和のために使うと決意する。
悪魔との契約や邪神との接触により少年は人間から離れていく。対価のように精神がすり減り、壊れかけた少年に狼は寄り添い続けた。次第に一人と一匹の絆は親子のようなものから夫婦のようなものに変化する。
狂いかけた少年の精神は狼によって繋ぎ止められる。
やがて少年は数多の天使を取り込んで上位存在へと変転し、出生も狼との出会いもこれまでの旅路も……全てを仕組んだ邪神と対決する。
【R18】私は婚約者のことが大嫌い
みっきー・るー
恋愛
侯爵令嬢エティカ=ロクスは、王太子オブリヴィオ=ハイデの婚約者である。
彼には意中の相手が別にいて、不貞を続ける傍ら、性欲を晴らすために婚約者であるエティカを抱き続ける。
次第に心が悲鳴を上げはじめ、エティカは執事アネシス=ベルに、私の汚れた身体を、手と口を使い清めてくれるよう頼む。
そんな日々を続けていたある日、オブリヴィオの不貞を目の当たりにしたエティカだったが、その後も彼はエティカを変わらず抱いた。
※R18回は※マーク付けます。
※二人の男と致している描写があります。
※ほんのり血の描写があります。
※思い付きで書いたので、設定がゆるいです。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる