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29.ルドヴィクの過去(1)
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「………この傷は、私の罪の証拠だ。この目を失った日も、今宵のような嵐の夜だった。そのせいか嵐のたびにこうして疼くのだ」
ルドヴィクが、まるで彫刻のように美しい、肉感的な口元に、自嘲的な笑みを浮かべたように見えた。
「………私に、兄がいたということは知っているだろう」
「はい」
王太子だったルドヴィクの異母兄が暗殺されたことにより、騎士だったルドヴィクが立太子した事は、カヴァニスでも話題になった。
だが、亡くなった異母兄とルドヴィクの傷にどのような関係があるのだろう。
アリーチェは不思議に思いながらルドヴィクを見つめる。
「四歳年上の兄シャルルは、先王と王妃の子で、聡明で本当に素晴らしい人だった」
どこか懐かしそうな表情でルドヴィクは話を始めた。
だが、彼の言葉に違和感を感じる。
自身の親の事を話す口振りが、酷く他人行儀に聞こえたからだ。
勿論、王妃は彼の母では無いのだから仕方がないだろうが、実の父親の事を『先王』と表現する必要はない筈だ。
「………知っての通り、私は先王の庶子だ。先王が戯れに手を付けた、下女との間に生まれた。母は平民だったが美しい人だったらしい」
淡々と話し続けるルドヴィクは、まるで他人の事を話しているような雰囲気だった。
「………らしい、と言うのは………」
「私を産んですぐに亡くなった。肖像画も当然残っていないから、母の顔は知らない」
「あ…………」
アリーチェは、言葉に詰まる。
庶子の王子というだけでも辛い立場であったはずなのに、生後すぐに生母までも亡くしていたと聞いて、今まで彼がどんな環境に置かれていたのかが言われなくても想像出来たからだ。
「それでも私は運が良かった。殺されなかったからな。………先王にとっての私は、取るに足らない存在で、王妃にとっては邪魔者だった。城の者達は皆王妃に目を付けられたくなくて、私をいないものとして扱った。………そんな中、兄だけが私を家族として接してくれた。………クロードを私の友として紹介してくれたのも兄だった。兄がいたからこそ、私は卑屈にならずに生きることが出来たのかもしれない」
ふと、ルドヴィクの深いエメラルド色の瞳に優しい光が宿った。
彼の表情が、今まで見たこともない程に穏やかになる。
詳しい話をしようとしないところからも、幼かったルドヴィクがどのような扱いを受けていたかが伺える。
アリーチェはいつの間にかぎゅっと両手を握り締めていた。
「………私は兄が王として即位したときに兄の力になりたいと願った。そして、騎士の道を志した。政に関われば、面倒な事になりかねない。それであれば力で兄を守ろうと考えたのだ。………正式な騎士として認められた暁には、臣籍降下を願い出ると、先王も王妃も快諾してくれた」
騎士見習いになれるのは、七歳前後の男子のみだ。
となると、ルドヴィクは七歳でそのような決断をしたということになる。
唯一自分に愛情を持って接してくれた兄への思いがそれほどまでに強かったのだろう。
アリーチェは虹色の瞳を揺らめかせた。
ルドヴィクが、まるで彫刻のように美しい、肉感的な口元に、自嘲的な笑みを浮かべたように見えた。
「………私に、兄がいたということは知っているだろう」
「はい」
王太子だったルドヴィクの異母兄が暗殺されたことにより、騎士だったルドヴィクが立太子した事は、カヴァニスでも話題になった。
だが、亡くなった異母兄とルドヴィクの傷にどのような関係があるのだろう。
アリーチェは不思議に思いながらルドヴィクを見つめる。
「四歳年上の兄シャルルは、先王と王妃の子で、聡明で本当に素晴らしい人だった」
どこか懐かしそうな表情でルドヴィクは話を始めた。
だが、彼の言葉に違和感を感じる。
自身の親の事を話す口振りが、酷く他人行儀に聞こえたからだ。
勿論、王妃は彼の母では無いのだから仕方がないだろうが、実の父親の事を『先王』と表現する必要はない筈だ。
「………知っての通り、私は先王の庶子だ。先王が戯れに手を付けた、下女との間に生まれた。母は平民だったが美しい人だったらしい」
淡々と話し続けるルドヴィクは、まるで他人の事を話しているような雰囲気だった。
「………らしい、と言うのは………」
「私を産んですぐに亡くなった。肖像画も当然残っていないから、母の顔は知らない」
「あ…………」
アリーチェは、言葉に詰まる。
庶子の王子というだけでも辛い立場であったはずなのに、生後すぐに生母までも亡くしていたと聞いて、今まで彼がどんな環境に置かれていたのかが言われなくても想像出来たからだ。
「それでも私は運が良かった。殺されなかったからな。………先王にとっての私は、取るに足らない存在で、王妃にとっては邪魔者だった。城の者達は皆王妃に目を付けられたくなくて、私をいないものとして扱った。………そんな中、兄だけが私を家族として接してくれた。………クロードを私の友として紹介してくれたのも兄だった。兄がいたからこそ、私は卑屈にならずに生きることが出来たのかもしれない」
ふと、ルドヴィクの深いエメラルド色の瞳に優しい光が宿った。
彼の表情が、今まで見たこともない程に穏やかになる。
詳しい話をしようとしないところからも、幼かったルドヴィクがどのような扱いを受けていたかが伺える。
アリーチェはいつの間にかぎゅっと両手を握り締めていた。
「………私は兄が王として即位したときに兄の力になりたいと願った。そして、騎士の道を志した。政に関われば、面倒な事になりかねない。それであれば力で兄を守ろうと考えたのだ。………正式な騎士として認められた暁には、臣籍降下を願い出ると、先王も王妃も快諾してくれた」
騎士見習いになれるのは、七歳前後の男子のみだ。
となると、ルドヴィクは七歳でそのような決断をしたということになる。
唯一自分に愛情を持って接してくれた兄への思いがそれほどまでに強かったのだろう。
アリーチェは虹色の瞳を揺らめかせた。
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