隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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15.訪問

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早速部屋を移ってから、アリーチェは女官長の勧めどおりにルドヴィクに会いに行くことにした。

「失礼いたします。陛下、アリーチェ姫をお連れいたしましたが………」

女官長が無駄のない動きで扉を叩き、声を掛ける様子を、アリーチェはどこか空虚な気持ちで眺めながら、深く息を吸い込んだ。

「ああ。入って構わん」

低く艶やかな声が扉の向こうから聞こえ、女官長は重厚な扉を開けると、アリーチェに向かって恭しく頭を下げた。
アリーチェはすっと背筋を伸ばすと、ゆっくりとその空間に足を踏み入れた。

そこは思ったよりも殺風景で、簡素な部屋だった。
大きな執務机と、使い込まれた椅子。そして壁には書物の類がびっしりと並べられた棚が置かれ、部屋の隅に申し訳程度に休憩用の机とソファのセットが置かれているだけだ。
その家具もしっかりとしたものではあるが、実用性を重視していて、華やかさとは全く無縁だった。

王の執務室というにはあまりにも質素な部屋で、アリーチェはいささか驚きを隠せなかった。
アリーチェの父もあまり派手なものは好まない人だったが、王としての権威を維持するために、最低限の装飾品は執務室にも置いてあったし、壁には絵画も飾られていたのを思い出す。

「そこに、座っていてくれ」

書類から視線を上げることなくアリーチェに指示を出すと、ルドヴィクはペンを紙に走らせ始める。
大きな窓から差し込む日差しが、柔らかく部屋の中を照らしていた。
アリーチェはもう一度ぐるりと部屋の中を見回してから、ルドヴィクの指示通りに隅に置かれたソファに腰を下ろす。
しんと静まり返った部屋の中は、ルドヴィクが書き物をしている音だけが存在しているだけで、奇妙なまでの静寂に包まれていた。
アリーチェは音をたてないように気を遣いながら、そっとルドヴィクに目を向けた。

俯いているせいで、黒い絹糸のような長い髪が顔にかかり、何とも言えない色香を放っているように見えて、アリーチェは思わずどきりとする。
見れば見るほど、本当に美しい男性だと思った。
彼の左目を覆い隠す、髪と同じ色の眼帯がなければ、更に見事な美貌を誇るのだろうと思ってしまう。

失われてしまった彼の左目は、彼の兄であった王太子アルベリクが暗殺された際に、アルベリクを助けようとして負った名誉の傷なのだと聞いたことがあった。
騎士であったルドヴィクにとっては確かに名誉の傷には違いないが、同時に兄を失った悲しみの記憶だって付き纏うこともあるのだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、侍女がお茶と菓子を運んできた。

まるでそれを待っていたかのようにルドヴィクは溜息をついてペンを置くと、徐に立ち上がる。
そして大股で室内を横切ると、アリーチェの正面へと腰を下ろしたのだった。

「待たせたな。………それで、要件は?」

相変わらず無愛想に、ルドヴィクが訊ねると、アリーチェはゆっくりと瞬きをしてから口を開いた。

「どうして急に、部屋の移動をご指示なさったのですか?」

すると、「あぁ………」と低く呻いてルドヴィクは納得したように頷いた。

「あなたを、あのような場所に閉じ込めておくのが心苦しくなった、と言えば信じるのか?」

どこか皮肉めいた笑みを、その端正な顔に浮かべ、エメラルドの隻眼がアリーチェを覗き込む。

「………陛下がそう仰るならば、そうなのでしょう」

彼が何を考えているのか分からない。
だが、この城に連れて来られてからの彼の行動は、決してアリーチェを害そうとしているようには見えなかった。
寧ろその事がアリーチェを苦しめているのだが、それはルドヴィクが意図しての事ではないだろう。

「………信じて、いないな?」
「いえ」

アリーチェがルドヴィクの言葉を否定すると、ルドヴィクは小さく息を吐き出してからお茶を啜り、嚥下した。
そしてたった一つしかない瞳をやや伏せる。

「これだけあなたを苦しめた私の言うことなど、信じられなくて当然だ」

そう呟くルドヴィクの口元に、自嘲の笑みが浮かび上がるのをアリーチェは見た。
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