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14.知らせ
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「部屋の移動………?」
翌朝になって唐突に告げられた言葉に、アリーチェは驚きを隠せなかった。
「はい。陛下から姫様の居室を移すようにと仰せつかっております」
硬い表情の女官長が、有無を言わさない雰囲気できっぱりと告げる。
「けれど、陛下はこの部屋からわたくしを出さない、と………」
「しかしこれは、陛下のご命令です」
戸惑いながらアリーチェが呟くと、有無を言わさない無機質な声が被せられた。
「………頑なにこの部屋からわたくしを出そうとしなかったのに、急にどうなさったのかしら………」
「それほどまでに、姫様の事を大切に思われていらっしゃるのではないですか?」
隣に控えていたジネーヴラが嬉しそうに囁くと、他の侍女達や女官長までもが深く頷いた。
それを見て、アリーチェは困ったように微笑んだ。
ルドヴィクが、話の通じないような暴君ではないということは分かっている。
カヴァニスに対して行ったあの襲撃は許し難い暴挙であったことには変わりないが、城で働いている者たちは皆彼に忠実で、城内の雰囲気も決して悪くはない。寧ろ、カヴァニスの王城内よりも活気に溢れているようにも思えた。
それは、王たるルドヴィクが信頼を得ている証拠だとアリーチェは感じていた。
「少し、事情が変わってきたのでしょう。私は詳しいことはお聞きしていませんので、直接陛下からお聞きになったほうが宜しいかと思います」
そう言って一礼すると、一瞬冷たい印象を与える女官長が、穏やかな表情を浮かべた。
「………陛下は、本当はとてもお優しい方なのです。ただ、少し不器用でいらっしゃるのですよ」
以前も、そんな事をジネーヴラが言っていたのを思い出してアリーチェはぴくりと肩を震わせた。
確かにルドヴィクは寡黙で、決して器用ではないだろうと思う。
だが何故それをアリーチェに告げる必要があるのだろう。
「分かりました。お聞きしてみます。ひとまず部屋を移動して、話はそれからですね」
アリーチェは頷くと、立ち上がってぐるりと部屋を見渡した。
ここの部屋に軟禁された時から、身の回りのものは全てルドヴィクによって用意されたもので、慣れ親しんだアリーチェのものなど何もなかった。
私物と言って良さそうな物は、ルドヴィクから受け取った母の形見だけだった。
アリーチェはその母の形見を仕舞った引き出しを開け、エメラルドの耳飾りが納められた小さな箱をそっと手に取る。
母が今隣りにいたら、何と言うだろうか。
優しくて穏やかな母はこんなにも弱くなってしまった自分を見てどう思うだろうか。
父は。兄は。そして彼の手で奪われていった数多の民は、復讐を果たせない自分を責めるのではないだろうか。
アリーチェは震えだした手でぎゅっと箱を握りしめると、苦悶の表情を浮かべながら歯噛みするのだった。
翌朝になって唐突に告げられた言葉に、アリーチェは驚きを隠せなかった。
「はい。陛下から姫様の居室を移すようにと仰せつかっております」
硬い表情の女官長が、有無を言わさない雰囲気できっぱりと告げる。
「けれど、陛下はこの部屋からわたくしを出さない、と………」
「しかしこれは、陛下のご命令です」
戸惑いながらアリーチェが呟くと、有無を言わさない無機質な声が被せられた。
「………頑なにこの部屋からわたくしを出そうとしなかったのに、急にどうなさったのかしら………」
「それほどまでに、姫様の事を大切に思われていらっしゃるのではないですか?」
隣に控えていたジネーヴラが嬉しそうに囁くと、他の侍女達や女官長までもが深く頷いた。
それを見て、アリーチェは困ったように微笑んだ。
ルドヴィクが、話の通じないような暴君ではないということは分かっている。
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それは、王たるルドヴィクが信頼を得ている証拠だとアリーチェは感じていた。
「少し、事情が変わってきたのでしょう。私は詳しいことはお聞きしていませんので、直接陛下からお聞きになったほうが宜しいかと思います」
そう言って一礼すると、一瞬冷たい印象を与える女官長が、穏やかな表情を浮かべた。
「………陛下は、本当はとてもお優しい方なのです。ただ、少し不器用でいらっしゃるのですよ」
以前も、そんな事をジネーヴラが言っていたのを思い出してアリーチェはぴくりと肩を震わせた。
確かにルドヴィクは寡黙で、決して器用ではないだろうと思う。
だが何故それをアリーチェに告げる必要があるのだろう。
「分かりました。お聞きしてみます。ひとまず部屋を移動して、話はそれからですね」
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母が今隣りにいたら、何と言うだろうか。
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父は。兄は。そして彼の手で奪われていった数多の民は、復讐を果たせない自分を責めるのではないだろうか。
アリーチェは震えだした手でぎゅっと箱を握りしめると、苦悶の表情を浮かべながら歯噛みするのだった。
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