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11.影

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一日中部屋に閉じ込められ、ただひたすらルドヴィクの訪れを待つだけの日々が暫く続いた。

ようやく自分が与えられた部屋から足を踏み出して分かったのだが、どうやらこのアリーチェが幽閉されている部屋は、城の最奥にあり、厳重な警備が敷かれている上に限られた人間のみが立ち入れる場所らしかった。
そして、アリーチェが部屋の外に出して貰える時は、護衛として付き従う者以外と顔を合わせることがない。
アリーチェに付けられた侍女たちも、給仕で立ち会う使用人たちも、限られた者のみで、あの時ジネーヴラがただ一度だけ交わした会話の他は、余計なことは一切喋らない徹底ぶりだ。

まるでアリーチェという存在を外部に漏らさないように、或いは何かから守ろうとしているようにすら思えた。
だが、そんなはずはないとアリーチェは自嘲の笑みを薄っすらと浮かべた。
自分は、ルドヴィクを憎まなくてもいい理由を、見つけたいだけなのだと。
あの深いエメラルド色の瞳の奥に潜むあの何とも言い難い孤独感と悲しみのせいで心が乱れているから、そんな風に考えるのだ。

人間の心は、単純でないということをこの年になって初めて知った。
喜怒哀楽のように、はっきりと判別できるものなら、もうとっくに割り切れている。
自分の中で複雑に渦巻き、燻り続ける、相反する感情。
それがどうにもならなくて、どうしようもなく苦しかった。
せめてその正体が何なのか、分かればいいのにと願うが、それも叶わない。

「今日も陛下はお忙しいようですね」

ここ五日程、ルドヴィクはアリーチェの許を訪れなかった。
アリーチェの部屋からは城内の様子を窺い知ることは出来ないし、ジネーヴラ達に訊ねても答えてもらえないことはとっくに分かっていた。
ルドヴィクは今何をしているのだろうか―――。
そんなことを考えながら、アリーチェはふと鉄格子の嵌った窓から空を眺める。
随分と陽が落ちるのが早くなり、窓辺にいるとじわじわと冷気が肌に触れた。
その肌寒さにくしゃみをすると、ぶるりと身を震わせた。

「まあ………、お風邪を召されたら大変です。こちらをお使いくださいませ」

ジネーヴラが慌ててブランケットをアリーチェの細い肩に掛けてくれる。

「今、温かいお飲み物をご用意いたしますので、こちらの椅子にお移りください」
「ありがとう」

細やかに気を使ってくれるジネーヴラに向かって感謝の言葉を口にすると、ゆっくりと立ち上がる。
ふと、窓から見える庭園に黒いローブを被った見なれない人影が目に入った。
その人物は、宵闇のせいで顔は見えないが、確かにアリーチェの方を向いている。

「誰…………?」

静かに窓の方に近づこうとした時だった。

「アリーチェ様?どうかなさいましたか?」

ジネーヴラに呼ばれて、アリーチェはびくりと肩を震わせた。

「あ……いえ、なんでもないわ」

咄嗟にそう返事を返してから、もう一度窓の外を見るが、先程の人影は消えていた。

(気のせい………よね?)

目を離した一瞬で、いたはずの人間が消えるなどありえない。
きっと風にざわめく木立の姿を見間違えたのだろう。
妙な胸騒ぎを訴える心から目を背けるように、アリーチェは窓から離れたのだった。
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