隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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8.揺らぐ心

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「とんでもございません。………陛下の温情に、心より感謝申し上げます」

一呼吸おいて瞼を持ち上げ、形だけの笑みを浮かべて見せた時、ほんの僅かにルドヴィクの表情が和らいだ気がした。

「………少しでも、あなたの心が平穏であればいいのだが………」

昨日と同じような、まるで本心からアリーチェのことを気遣っているような言葉に、更に気持ちは不安定になる。
心にもないことを口にするなと罵ってやれればどんなにいいだろう。
アリーチェの心は確かにそう思っているはずなのに、出来ない。
自分はいつからこんなにも臆病になってしまったのだろう。

「さあ、料理が冷めてしまう前に食べるがいい。………あなたの………食べ慣れたものを用意させた」

テーブルに並んでいたのは、懐かしいカヴァニスの料理だった。
一瞬ルドヴィクが言い淀んだのは、カヴァニスのことを口にするのが躊躇われたからだとすぐに気が付いたが、アリーチェは敢えてそれを聞き流す。
おそらく、アリーチェを懐柔しようとルドヴィクが用意させたのだろう。

「………陛下はわたくしに何故こんなにも干渉されるのです?」

先日は最後まで紡げなかったその疑問を口にすると、ルドヴィクの唯一つの瞳が、はっと見開かれた。
そして、戸惑ったかのように視線を彷徨わせる。

「………」

形のいい唇を引き結んだまま、ルドヴィクは小さく溜息をついた。
広い空間を、重苦しい静寂が支配する。
その間もアリーチェはじっと、ルドヴィクを見つめている。
何故彼は答えないのだろう。
答えられない理由でもあるというのだろうか。
それともまた何か別の意図があるのだろうか。

「………あなたには、本当にすまないことをしたと思っている。謝罪して済むようなものではないし、償いが出来るとも思ってはいない。そして、あなたが私を憎んでいるということも分かっている」

沈黙を破ったその声は、驚くほどに静かなものだった。
それなのにアリーチェは、思わずびくりと肩を震わせた。

彼の瞳の奥に見え隠れするあの悲しみに似た「何か」は、もしかするとカヴァニスを攻め滅ぼした後悔の念だったのだろうか。
そのせめてもの謝罪としてアリーチェを慰めようとしているのだろうか。
だが仮にそうだとしても、彼の罪が消えるわけではない。
どんなに懺悔しようとも、アリーチェにとってルドヴィクは「宿敵」であることに変わりはないのだ。

しかしそれだけで彼の不可解な行動が全て説明できるわけではない。
彼はアリーチェが自分に憎しみの感情を抱いていることを知っていた。別に隠そうとしているわけではないし、状況からすれば憎まれていることくらい容易に想像がつくだろう。
ルドヴィクの命を狙う可能性がある故に今日まであの部屋に幽閉していたことも理解できる。
ならば何故あの時にアリーチェをカヴァニスの王女だと知っていながらあの劫火の中から助け出したりしたのだろう。
助け出したりしなければ、あのまま国とともに焼き尽くしてしまえば、そのような危険を伴う必要もなかったはずなのに。

「罪滅ぼし、などというつもりはないが、あなたが少しでも穏やかに生きられることを私は願っている」

そう言い切ったルドヴィクの、アリーチェを見つめる深いエメラルド色の瞳は、どこまでも真っ直ぐで迷いはなかった。
アリーチェは己の心が揺らぐのをはっきりと感じた。
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