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6.戸惑い
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鉄格子の填まった窓から差し込む、その光景には不釣り合いな程に美しい夕日が、室内を照らす。
少しずつ長細くなっていく影をじっと見つめたまま、アリーチェは今日何度目かわからない溜息をついた。
昼間にルドヴィクから受け取ってしまった母の遺品は、大切に引き出しへと入れておいたが、あれは戦利品として強奪してきたものの中に紛れ込んでいたのだろうかという疑問が浮かんできて、アリーチェは考えるのをやめた。
ルドヴィクのことを考えれば考えるほど、心の中は強い憎しみに満たされるのに、彼が黙る度に見せる、悲しみにも諦めにも似た表情が、アリーチェの心をかき乱す。
「どうして、あの方は………」
アリーチェは影を見つめたままひっそりと独り言を零した。
まるで強い風で波立つ湖面のように、ざわりと粟立つような気持ちは初めてで、落ち着かない気持ちになる。
更にもう一度溜息をつくと、アリーチェは徐に天井を見上げた。
「アリーチェ様、どうかされましたか?」
背後から、遠慮がちに声を掛けてきたのは、ジネーヴラだった。
「………ただの独り言です。そんなに気にかけなくても、大丈夫です」
強張った顔に無理矢理微笑みをを浮かべると、ジネーヴラは悲しそうな顔をした。
「アリーチェ様。…………あの…………陛下は、お優しい方なのです。それに、とても国民を大切に思われてます」
ぽつりと、ジネーヴラが呟いた言葉にアリーチェは驚いた。
箝口令でも敷かれているのだろう。アリーチェが、イザイアが何故カヴァニスを攻め滅ぼしたのか、何故自分だけが生かされ、こうして幽閉されているのかを尋ねても、そしてルドヴィクに関することを尋ねても、ジネーヴラを含めた侍女達は皆一様に「それは私の口からはお答え出来ません」としか答えなかった。
それなのに何故ジネーヴラはそんな事を言うのだろう。
アリーチェは不思議に思い、辺りを見回すと、今アリーチェの部屋にいるのはジネーヴラだけなのだということに気がついた。
他の侍女に聞かれる心配がないからこそ、ジネーヴラは自分の思いをアリーチェに伝えてきたのだろう。
彼女の気持ちが理解できない訳ではない。
きっと彼に仕える者からすれば、良い主なのだろう。
だが、アリーチェにとってのルドヴィクは、主ではないのだ。
アリーチェは少し考えて、幾分顰めた声で呟いた。
「あなた達にとっては、そうでしょう。勿論わたくしも、彼にそういう側面があるのだということは分かっています。それでも…………」
彼の側にどんな理由があろうとも、彼がカヴァニスを滅ぼしたという事実は変わりない。
それなのにルドヴィクの事を考えれば考えるほど、理由もなく頭の中は混乱し、決意は揺らぎそうだった。
そんな自分の心を叱咤するかのように、アリーチェは強く強く両手を握りしめるのだった。
少しずつ長細くなっていく影をじっと見つめたまま、アリーチェは今日何度目かわからない溜息をついた。
昼間にルドヴィクから受け取ってしまった母の遺品は、大切に引き出しへと入れておいたが、あれは戦利品として強奪してきたものの中に紛れ込んでいたのだろうかという疑問が浮かんできて、アリーチェは考えるのをやめた。
ルドヴィクのことを考えれば考えるほど、心の中は強い憎しみに満たされるのに、彼が黙る度に見せる、悲しみにも諦めにも似た表情が、アリーチェの心をかき乱す。
「どうして、あの方は………」
アリーチェは影を見つめたままひっそりと独り言を零した。
まるで強い風で波立つ湖面のように、ざわりと粟立つような気持ちは初めてで、落ち着かない気持ちになる。
更にもう一度溜息をつくと、アリーチェは徐に天井を見上げた。
「アリーチェ様、どうかされましたか?」
背後から、遠慮がちに声を掛けてきたのは、ジネーヴラだった。
「………ただの独り言です。そんなに気にかけなくても、大丈夫です」
強張った顔に無理矢理微笑みをを浮かべると、ジネーヴラは悲しそうな顔をした。
「アリーチェ様。…………あの…………陛下は、お優しい方なのです。それに、とても国民を大切に思われてます」
ぽつりと、ジネーヴラが呟いた言葉にアリーチェは驚いた。
箝口令でも敷かれているのだろう。アリーチェが、イザイアが何故カヴァニスを攻め滅ぼしたのか、何故自分だけが生かされ、こうして幽閉されているのかを尋ねても、そしてルドヴィクに関することを尋ねても、ジネーヴラを含めた侍女達は皆一様に「それは私の口からはお答え出来ません」としか答えなかった。
それなのに何故ジネーヴラはそんな事を言うのだろう。
アリーチェは不思議に思い、辺りを見回すと、今アリーチェの部屋にいるのはジネーヴラだけなのだということに気がついた。
他の侍女に聞かれる心配がないからこそ、ジネーヴラは自分の思いをアリーチェに伝えてきたのだろう。
彼女の気持ちが理解できない訳ではない。
きっと彼に仕える者からすれば、良い主なのだろう。
だが、アリーチェにとってのルドヴィクは、主ではないのだ。
アリーチェは少し考えて、幾分顰めた声で呟いた。
「あなた達にとっては、そうでしょう。勿論わたくしも、彼にそういう側面があるのだということは分かっています。それでも…………」
彼の側にどんな理由があろうとも、彼がカヴァニスを滅ぼしたという事実は変わりない。
それなのにルドヴィクの事を考えれば考えるほど、理由もなく頭の中は混乱し、決意は揺らぎそうだった。
そんな自分の心を叱咤するかのように、アリーチェは強く強く両手を握りしめるのだった。
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