6 / 351
5.王の来訪
しおりを挟む
そうしてルドヴィクと顔を合わせることがないままに、三ヶ月が過ぎたある日の事。
「アリーチェ姫」
突然、ルドヴィクがアリーチェを訪ねてきた。
「かなり痩たようだが………大事ないか?」
じっとアリーチェの様子を窺った後、ルドヴィクが徐に口にしたのはそんな言葉だった。
「………別に、ご心配を頂くような事ではありません」
久しぶりにルドヴィクの顔を見ると、また怒りが沸々と湧いてきた。
それなのに、心のどこかで安堵する自分もいることに気がつく。
それが、彼の表情のせいだと気がつくのに時間はかからなかった。
訳の分からない感情に戸惑いを覚えたアリーチェが、困ったように視線を彷徨わせた後に俯くと、徐にルドヴィクが小さな箱を取り出してアリーチェの前に差し出した。
「………あなたにはドレスも珍しい菓子も、贈り物は全て断られてしまうが、これなら受け取ってくれるだろうか」
確かにアリーチェは、ルドヴィクからの贈り物をすべて拒否していた。
手懐けられるのが嫌だという単なる反抗心もあったが、それ以上に彼からの贈り物を受け取る理由が、自分にはない。
彼は戦勝国の王で、自分は捕虜となった亡国の元王女。
それなのに何故彼はこうまでして自分に構うのだろう。
疑問に思いながらも、差し出された箱を手にして、静かに開けてみた。
「…………!」
見覚えのあるそれに、アリーチェは息を呑んだ。
中に入っていたのは、あの日に命を落としたアリーチェの母が好んで身に着けていた、美しいエメラルドの耳飾りだった。
「少しでも、あなたの心を慰められないかと手を尽くしたのだが………。あなたの家族の遺品で見つけ出すことができたのはこれだけだった」
カヴァニスを攻め滅ぼした張本人が、何故そんな真似をするのだろうか。
まるで、本当にアリーチェのことを心配しているかのようではないか。
アリーチェは心の中で様々な感情が複雑に絡み合うのを感じた。
憎しみをどんなに募らせていたとしても、彼は許しがたい宿敵であるのと同時に、今にも消えてしまいそうだったアリーチェの命を、あの炎の中から救い出してくれた命の恩人でもある。
その相反する事実は、まさしくアリーチェの心と同じだった。
「どうして…………?」
アリーチェの幸福だった日々を奪い、大切な者を殺し、こうして城の一室に監禁して今も苦しめ続けている張本人であるはずの、ルドヴィクの行動が理解できなかった。
からからに干からびた声が何とか言葉を紡ぐが、それはひどく弱々しいもので、今にも消えてしまいそうだった。
「…………」
アリーチェの問いに、ルドヴィクは答えない。
ただじっと、差し出された耳飾りと同じ深い森を思わせる色の隻眼を、アリーチェへと向けているだけだ。
部屋に漂う重苦しい空気は、二人の距離感を象徴しているようだった。
「用事はそれだけだ。………そろそろ失礼する」
アリーチェの問いかけには答えるつもりがないとでも言うように、背を向けて歩き出す。
彼の纏う漆黒のマントが全てを拒絶するように翻り、アリーチェは出かかった言葉を呑み込む。
扉が閉まる音だけが、やけに大きく部屋に響いて聞こえたのだった。
「アリーチェ姫」
突然、ルドヴィクがアリーチェを訪ねてきた。
「かなり痩たようだが………大事ないか?」
じっとアリーチェの様子を窺った後、ルドヴィクが徐に口にしたのはそんな言葉だった。
「………別に、ご心配を頂くような事ではありません」
久しぶりにルドヴィクの顔を見ると、また怒りが沸々と湧いてきた。
それなのに、心のどこかで安堵する自分もいることに気がつく。
それが、彼の表情のせいだと気がつくのに時間はかからなかった。
訳の分からない感情に戸惑いを覚えたアリーチェが、困ったように視線を彷徨わせた後に俯くと、徐にルドヴィクが小さな箱を取り出してアリーチェの前に差し出した。
「………あなたにはドレスも珍しい菓子も、贈り物は全て断られてしまうが、これなら受け取ってくれるだろうか」
確かにアリーチェは、ルドヴィクからの贈り物をすべて拒否していた。
手懐けられるのが嫌だという単なる反抗心もあったが、それ以上に彼からの贈り物を受け取る理由が、自分にはない。
彼は戦勝国の王で、自分は捕虜となった亡国の元王女。
それなのに何故彼はこうまでして自分に構うのだろう。
疑問に思いながらも、差し出された箱を手にして、静かに開けてみた。
「…………!」
見覚えのあるそれに、アリーチェは息を呑んだ。
中に入っていたのは、あの日に命を落としたアリーチェの母が好んで身に着けていた、美しいエメラルドの耳飾りだった。
「少しでも、あなたの心を慰められないかと手を尽くしたのだが………。あなたの家族の遺品で見つけ出すことができたのはこれだけだった」
カヴァニスを攻め滅ぼした張本人が、何故そんな真似をするのだろうか。
まるで、本当にアリーチェのことを心配しているかのようではないか。
アリーチェは心の中で様々な感情が複雑に絡み合うのを感じた。
憎しみをどんなに募らせていたとしても、彼は許しがたい宿敵であるのと同時に、今にも消えてしまいそうだったアリーチェの命を、あの炎の中から救い出してくれた命の恩人でもある。
その相反する事実は、まさしくアリーチェの心と同じだった。
「どうして…………?」
アリーチェの幸福だった日々を奪い、大切な者を殺し、こうして城の一室に監禁して今も苦しめ続けている張本人であるはずの、ルドヴィクの行動が理解できなかった。
からからに干からびた声が何とか言葉を紡ぐが、それはひどく弱々しいもので、今にも消えてしまいそうだった。
「…………」
アリーチェの問いに、ルドヴィクは答えない。
ただじっと、差し出された耳飾りと同じ深い森を思わせる色の隻眼を、アリーチェへと向けているだけだ。
部屋に漂う重苦しい空気は、二人の距離感を象徴しているようだった。
「用事はそれだけだ。………そろそろ失礼する」
アリーチェの問いかけには答えるつもりがないとでも言うように、背を向けて歩き出す。
彼の纏う漆黒のマントが全てを拒絶するように翻り、アリーチェは出かかった言葉を呑み込む。
扉が閉まる音だけが、やけに大きく部屋に響いて聞こえたのだった。
3
お気に入りに追加
449
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる