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4.薄れる記憶
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その日以降、あれほど足繁くアリーチェの許を訪れていたルドヴィクが、突然姿を見せなくなった。
初めのうちはとても気分が良かったが、一週間、二週間と日が過ぎていくうちに、何故だか落ち着かない気持ちになっている自分にアリーチェは気が付いた。
無礼極まりないアリーチェの言動に、怒ったのだろうか。
しかし非難されて当然の行いをして、アリーチェを苦しめているのはルドヴィク自身なのだと考え直すが、それでも心の中が穏やかになることはなかった。
(おかしいわ……あの男に会わずに済むのは、むしろ喜ばしいことでしょう?)
アリーチェは侍女に用意して貰ったお茶を一気に飲み干すと、立ち上がった。
「アリーチェ様?」
侍女が心配そうに声を掛ける。
アリーチェは返事をすることなく、ゆっくりと窓のほうへと歩み寄った。
窓からは綺麗に手入れされた庭園が臨めたが、それを眺められる窓には頑丈な鉄格子が填められている。
ルドヴィクは自分を捕虜だとは思っていないと言っていたが、これは誰がどう見ても幽閉に違いなかった。
扉にも三重に鉤が掛けられ、窓には頑丈な鉄格子。
そして室内には常に複数人の侍女、扉の外には 厳重すぎるほどの護衛が置かれていることも知っている。
まるで大罪人にでもなったような扱いに、アリーチェは辟易していた。
常に人の目があることは王族という立場上慣れているが、こうも厳しいと、息をすることさえ気を遣うようだった。
「気が紛れるように、本でもお持ちいたしましょうか?」
アリーチェに付けられた侍女たちは皆アリーチェに対して好意的だったが、その中でも特に一番年若い、ジネーヴラという名の侍女はアリーチェの感情の動きにも敏感で、常に気を配ってくれているのが分かった。
「ありがとう、ジネーヴラ。また必要になったらお願いしますね」
ジネーヴラの申し出をやんわりと断ると、アリーチェは悲し気に目を伏せ、溜息をついた。
イザイアの王城に連れてこられてから、もう五か月が経とうとしていた。
それはつまり、カヴァニスが滅亡してからすでに五か月も過ぎてしまったことを意味している。
何も出来ずにただ憎しみを募らせることしかできないことへの焦りと、少しずつではあるが、悲しみの記憶が薄れていく恐怖に、アリーチェの心は蝕まれていくようだった。
そんなアリーチェの心を、ルドヴィクという存在が翻弄する。
姿を見せても、見せなくてもアリーチェの心をこんなにも乱すのは、今までも、そしてこの先も彼だけだろうとさえ思える。
憎くて、憎くて仕方のない男のあの深いエメラルド色の隻眼を思い浮かべるだけで、こんなにも怒りが湧いてくる。
それなのに、心のどこかで、彼の瞳の奥に秘められたあの感情の真実を知りたいと思ってしまう自分は、きっとこうして囚われ続けたことで、どうかしてしまったのだろう。
自分は一体何がしたいのだろう。それすらも、だんだんと分からなくなってしまうようだった。
アリーチェはひどくやせ細ってしまった自分の両手を見つめて、その美しい顔に力なく笑みを浮かべるのだった。
初めのうちはとても気分が良かったが、一週間、二週間と日が過ぎていくうちに、何故だか落ち着かない気持ちになっている自分にアリーチェは気が付いた。
無礼極まりないアリーチェの言動に、怒ったのだろうか。
しかし非難されて当然の行いをして、アリーチェを苦しめているのはルドヴィク自身なのだと考え直すが、それでも心の中が穏やかになることはなかった。
(おかしいわ……あの男に会わずに済むのは、むしろ喜ばしいことでしょう?)
アリーチェは侍女に用意して貰ったお茶を一気に飲み干すと、立ち上がった。
「アリーチェ様?」
侍女が心配そうに声を掛ける。
アリーチェは返事をすることなく、ゆっくりと窓のほうへと歩み寄った。
窓からは綺麗に手入れされた庭園が臨めたが、それを眺められる窓には頑丈な鉄格子が填められている。
ルドヴィクは自分を捕虜だとは思っていないと言っていたが、これは誰がどう見ても幽閉に違いなかった。
扉にも三重に鉤が掛けられ、窓には頑丈な鉄格子。
そして室内には常に複数人の侍女、扉の外には 厳重すぎるほどの護衛が置かれていることも知っている。
まるで大罪人にでもなったような扱いに、アリーチェは辟易していた。
常に人の目があることは王族という立場上慣れているが、こうも厳しいと、息をすることさえ気を遣うようだった。
「気が紛れるように、本でもお持ちいたしましょうか?」
アリーチェに付けられた侍女たちは皆アリーチェに対して好意的だったが、その中でも特に一番年若い、ジネーヴラという名の侍女はアリーチェの感情の動きにも敏感で、常に気を配ってくれているのが分かった。
「ありがとう、ジネーヴラ。また必要になったらお願いしますね」
ジネーヴラの申し出をやんわりと断ると、アリーチェは悲し気に目を伏せ、溜息をついた。
イザイアの王城に連れてこられてから、もう五か月が経とうとしていた。
それはつまり、カヴァニスが滅亡してからすでに五か月も過ぎてしまったことを意味している。
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そんなアリーチェの心を、ルドヴィクという存在が翻弄する。
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憎くて、憎くて仕方のない男のあの深いエメラルド色の隻眼を思い浮かべるだけで、こんなにも怒りが湧いてくる。
それなのに、心のどこかで、彼の瞳の奥に秘められたあの感情の真実を知りたいと思ってしまう自分は、きっとこうして囚われ続けたことで、どうかしてしまったのだろう。
自分は一体何がしたいのだろう。それすらも、だんだんと分からなくなってしまうようだった。
アリーチェはひどくやせ細ってしまった自分の両手を見つめて、その美しい顔に力なく笑みを浮かべるのだった。
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