隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

文字の大きさ
上 下
3 / 351

2.悲しみ

しおりを挟む
険しい山々の麓に築かれた小国・カヴァニス王国。
良質な葡萄酒の産地として知られる風光明媚なこの国の王女として、アリーチェは生を受けた。
緩やかに波打つ、カヴァニス王家特有の青みがかった白銀に近いアッシュブロンドの長い髪に、珍しい青や黄色そして橙色が複雑に混じり合った虹色の美しい瞳・アースアイを持つ美貌の王女は、優しい両親と聡明な兄に大切にされ、何不自由なく育った。

カヴァニスはイザイア王国とブロンザルド王国という二つの大国に挟まれている。
それでも平和を維持出来ていたのは、両国との間に結ばれた不可侵協定があったからだ。

しかし、その均衡が破られたとの一報が齎されたのは、あの悲劇が起きる僅か半日前だった。

血相を変えた宰相がその知らせを持って広間に飛び込んできた時には、既に王都にまでイザイアが進軍しており、街のあちこちから火が上がっていた。
イザイアの進軍を知った兄はすぐさま兵を率いて応戦したが、その奮闘も虚しく、僅か半刻後に戦死の知らせが届いた。

それから間もなく城にもイザイアの兵が大勢押し寄せてきて、勝算はないと悟った両親は自らの命と引き換えに民を救うように願い出た。
だがその結果が、あの惨状だった。
イザイアは両親の願いなど、初めから聞き入れるつもりなどなかったのだ。

「わたくしの大切なものは、炎に全て呑み込まれてしまったわ。それなのに…………っ」

アリーチェは力の入らない両手を、精一杯握り締めた。
大好きだった両親や兄、至らぬ王女であったアリーチェに精一杯仕えてくれた城の者達やカヴァニスの民。
あの平穏だった日々に戻りたいとどんなに強く願ったところで、叶わない。

それなのに自分一人だけがこうして生き残り、敵地で、しかも両親や兄の敵に囲われているという事実は耐え難い恥辱だった。
叫んだとたん、堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。

「アリーチェ様………、傷が悪化してしまいます」

アリーチェの世話をしてくれる侍女たちが、心配そうに声を掛けてきた。
彼女に何の罪もないということは分かっていても、彼女たちもまたイザイアの民。自分にとっては敵なのだということを考えてしまう。
それでも、やたらに当たり散らすのは間違っていると思い、荒ぶる気持ちを抑え込むように深呼吸をすると、ずきりと傷が痛んだ。

「……少し、休みます。出て行ってもらえますか?」

これ以上彼女たちといたら、今度こそ感情のままに怒鳴り散らしてしまいそうで、まるで突き放すようにアリーチェがそう告げると、申し訳なさそうな顔をした侍女が、ふるふると首を横に振った。

「アリーチェ様を、決して一人にしないようにと陛下から仰せつかっておりますので……」

寝台を自力で降りることすらも出来ない自分を監視するつもりなのだと、アリーチェは思った。
寝首を掻かれる心配があるからだろうか。それとも何か別の理由なのだろうか。
侍女の表情からは何も読み取ることが出来なかったが、彼女はあくまでルドヴィクの命令に従っているだけだ。

「………わかりました」

アリーチェは再び溜息をつくと、横になった。
耳にうるさいほどの静寂が、アリーチェを襲う。
ふと気を抜くと、あの光景が蘇ってくるようで、どうしようもなく誰かに縋り付きたい気持ちになるが、一人ぼっちのアリーチェが頼れる人間などこの世にはもういない。

敵地の中で、独りなのだと実感するだけで心細くなり、不安に胸が押しつぶされそうになる。
気を抜けば、自害してしまいたいという衝動さえ湧いてくるようだった。
それでも自分は生きなければならないと思えるのは、イザイアに………ルドヴィクに復讐をしたいという気持ちがあるからだろう。

例えそれで命を落とすことになろうとも、あの男に一矢報いてやりたい。
それこそが、自分が生きるただ一つの理由だと思った。
アリーチェは仄暗い感情を宿した虹色の瞳を、ゆっくりと閉じた。
しおりを挟む
感想 193

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...