隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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1.目覚め

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ひやりと額に冷たいものが触れて、アリーチェは微睡みの中からゆっくりと意識が戻ってくるのを感じた。
温かく、心地の良い眠りに、ずっと身を任せていたい衝動に駆られたが、鼻腔を擽る馴染みのない香りに違和感を覚え、重たい瞼を何とか持ち上げた。

重厚感のある、見慣れない天蓋が真っ先に視界に入ってきて、アリーチェはぼんやりとする頭を働かせようと息を吸い込んだ。
意識が覚醒するに従い、悪夢のような光景が脳裏に蘇り、アリーチェははっと大きく目を見開いた。

「気がついたか、アリーチェ姫」

すぐ近くで、聞いたこともない程に低く艷やかな声がして、アリーチェは身を固くする。
そして、恐る恐る声のした方へと視線を向けた。

アリーチェが名乗ってもいないのに『アリーチェ姫』と呼んでいる所をみると、『彼』はアリーチェが何者なのかも既に知っているという事になる。

アリーチェの双眸が捉えたのは、夜の闇を切り取ったかのような漆黒の長い髪を持つ、信じられない程に美しい顔立ちの男性だった。
空間を制するような圧倒的存在感が彼の周囲には漂っており、その美しさのせいなのか、逞しい体躯のせいなのか、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
だが、何よりもアリーチェが目を奪われたのは、彼の左目を覆う黒い眼帯だった。
それを見た瞬間、名乗られなくても彼が何者なのかに気が付いてしまい、アリーチェは飛び起きた。

「あ………っ」

突然ずきりと頭の芯が疼くような痛みが走り、アリーチェは思わず顔を顰めた。
同時に一気に体の感覚が戻ってきたかのように、あちこちがひりひりと熱を持ったかのように痛み出す。
あれが悪夢ゆめでないからこそ、自分は火傷を負っているのだという事実、まだぼんやりする頭で受け止めた。

「必要な治療は施したが、まだ痛むようだな」

冷たい光を宿した深いエメラルド色の隻眼が、じっとアリーチェを見つめてきた。

「…………」
「何だ?」

アリーチェがゆっくりと口を開くと、彼はアリーチェを覗き込むような仕草を見せる。
その瞬間、アリーチェは思い切り息を吸い込んだ。

「………何故、わたくしを助けたのです?………あんな風に、我が国を滅ぼしておきながらっ………!」

アリーチェは腹の底から声を絞り出し、アースアイと呼ばれる、青に黄色や橙色が混ざり合った、虹色にも見える美しい瞳で目の前の男、隻眼の騎士王ルドヴィク・イザイアを睨みつけた。
この男こそかアリーチェの祖国・カヴァニスをたった半日で攻め滅ぼした、張本人に違いなかった。

「…………」

ルドヴィクは何も言わずにただじっとアリーチェを見つめていた。
ふと、彼の隻眼の奥に、悲しげな光が見えた気がしたが、アリーチェにはそんな事を気にする余裕などなかった。

「あんな手を使っておきながら………!卑怯者!!騎士の名折れだわ!」

精一杯の侮蔑を込めてそう吐き捨てる。
もっと強い罵りの言葉はあるだろうが、激しい怒りに支配された頭の中にはそれしか浮かんでこなかったのが悔しくて仕方がない。

けれどもルドヴィクは、逆上することも、反論することもせず、アリーチェの言葉を受け止めるかのように、一つしかない瞳を静かに閉じただけだった。

騎士王という通り名のとおり、ルドヴィクは元々騎士として身を立てていた庶子の王子だった。
しかし彼の兄であった王太子が早逝し、他に王の血を受け継ぐ王子がいなかった為にルドヴィクが王太子の座に着いたという話はあまりにも有名だったが、彼は騎士としての誇りを、既に忘れてしまったのだろうか。

「…………」
「否定されないのですね?」

追い打ちを掛けるようにアリーチェが詰ると、ルドヴィクの瞼が動き、ゆっくりとエメラルドの隻眼がアリーチェへと向けられた。
今度ははっきりと、瞳が揺らぐのが見えてアリーチェははっとした。
沢山の人の命を奪った悪魔のような男だというのに、その瞳は何処までも澄んでいて、悲しげな光を湛えていたのだ。
途端にざわり、と怒りと憎悪に支配されていたはずのアリーチェの心がざわりと揺れる。
それは、今まで感じたことのない感覚だった。

「………今は何を言っても無駄だろう。傷が癒えるまでは大人しく休んでいるがいい」

小さく溜息をつくとルドヴィクは立ち上がり、己の感情に戸惑いながら呆然としているアリーチェに背を向けて足早に部屋を出ていったのだった。
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