内気な私に悪役令嬢は務まりません!

玉響

文字の大きさ
上 下
7 / 61
学園一年生編

7

しおりを挟む
 少し前の事、デリックと対面する前に私とレオナードは事前対策の為に恋愛小説を読み漁った。

 その中で私達は同時に首を捻った表現があったのを、私は覚えている。それは───【僕の可愛い子猫ちゃん】だった。

 他にもピーチ、チェリー、カップケーキ………等々。まぁそれらの登場頻度は少なかったので、見ないフリをした。けれど、この【僕の可愛い子猫ちゃん】というフレーズは、やたらめったら出てきたのだ。
 
 …………なぜ、人間に向かって、猫呼ばわりする?そして、そう呼ばれた女子は何故、嬉しそうにする?

 薄暗い図書室で、その二つの疑問を同時にぶつけた結果、私達は結局その答えを見つけられなかった。ただ、わかったことが二つあった。一つ目は、そんなことを口にする人間の心理が理解できないこと。もう一つは、そんな扱いをされるのは不快だということ。

 そう、それなのに………………私は、やらかしてしまったのだ。

 仕草を犬に例えられるならともかく、存在そのものを、哺乳類扱いをされたのだ。生き物の頂点に立つ霊長類ヒト科という立ち位置にいるレオナードが受けた衝撃は、きっと計り知れないものなのだろう。本当に申し訳なかった。

 もし仮に、私が同じようなことを言われたら、落ち込む前に、そう言った奴を地面に埋め込ませるところ。

 そんなことを考えながら、そぉっとレオナードに視線を向ければ、彼は絶望の淵にいた。本当にゴメン。マジでゴメン。

 …………ただ一つ言わせて欲しい。悪気はなかったのだ。

「あのね、レオナード。そうじゃないわ…………」

 そこまで言って、死んだ目をした公爵家のご長男様を見つめる。表情は臨終しているけれど、風になびくその髪はつやっつやっの、さらっさらっ。ああ、どうあってもジャスティを思い出してしまう自分が恨めしい。

「と、言いたいところだけれど、あなたの毛並みは滑らかで…………その…………ごめんなさい」

 結局、私は素直な気持ちを伝え、謝罪をすることを選んだ。 

 そうすれば、レオナードは弱々しい声で『いや、良いんだ』と、緩く首を振った。けれど、私の目には、何一つ良いと思えるものが見当たらない。

 ここは再び謝罪の言葉を紡ぐべきだろうか。それとも『ユーアーホモサピエンス!』と元気に伝えるべきなのだろうか。いや、違う。今はそっとしておくのが一番だ。

 長々とそんなことを考えていたら、不意にレオナードが私に視線を向け、口を開いた。

「すまない、ミリア嬢。………………浮上するまでに少々時間が欲しい。悪いがケーキを食しながら待っててもらえるか?」
「もちろん良いわよ。レオナード」

 レオナードのテンションが地に落ちたのは、間違いなく私の責だ。罪悪感で胸が痛い。けれど、やっとフォンダンショコラを食べれるこの現状に、私は食い気味に頷いてフォークを手にしてしまった。それを見たレオナードは、何も言わなかった。

 もしゃもしゃとフォンダンショコラを咀嚼する。とても美味しい。

 そして、完食した途端に、自分のショコラも差し出してくれるレオナードに素直に感謝の念を抱く。っていうか、項垂れているのに、良く見えたものだ。

 と、そんなことを考えながら出されたスウィーツを全て食べ終えた私だったけれど、レオナードは未だに浮上中。ここで急かすような鬼畜なことはできないので、私はぼんやりと東屋の天井にいる天使さん達を見つめてみる。

 本日も天使さんも微笑みを湛えている。けれど、どことなく複雑な笑みに見える。言葉にするなら『もう、お前ら勝手にしとけ』的な感じ。

 まぁ、確かに今日の私達は傍から見たら、首を捻る光景なのかもしれない。

 と、こっそり苦笑を浮かべた瞬間、視界の隅でようやっと顔を起こすレオナードが映った。

「………………ミリア嬢、すまない待たせたな」
「いいえ、大丈夫よ」

 少し微笑んでそう伝える。けれど、私はすぐに今日の本題を切り出すことにした。なにせ、今の私には時間に限りがあるのだ。

「ねえ、レオナード。浮上したところ悪いんだけれど…………」

 ちらっと上目遣いでレオナードを見れば、彼は引き攣った表情で小さく頷いた。それが痙攣の仕草にも見えなくはないけれど、ここは気付かないふりをして、言葉を続けさせて貰う。

「私、この前から保留になっている質問の回答をしたいんだけれど、あなたのメンタルは大丈夫?受け止められるかしら?」
「ああ、もちろんだ」
「え?あ、そ、そうなの」
「ああ」

 ぶっちゃけ、今更かよと言われてしまうと思っていた。いや、もういいやと言われることもあると思っていた。

 けれどレオナードは、この時が来たかと呟いて、居ずまいを正した。

 それに倣い私も、居ずまいを正して口を開く。会えない間ずっと考えていた彼の問い掛けの答えを。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

ヤンデレ悪役令嬢の前世は喪女でした。反省して婚約者へのストーキングを止めたら何故か向こうから近寄ってきます。

砂礫レキ
恋愛
伯爵令嬢リコリスは嫌われていると知りながら婚約者であるルシウスに常日頃からしつこく付き纏っていた。 ある日我慢の限界が来たルシウスに突き飛ばされリコリスは後頭部を強打する。 その結果自分の前世が20代後半喪女の乙女ゲーマーだったことと、 この世界が女性向け恋愛ゲーム『花ざかりスクールライフ』に酷似していることに気づく。 顔がほぼ見えない長い髪、血走った赤い目と青紫の唇で婚約者に執着する黒衣の悪役令嬢。 前世の記憶が戻ったことで自らのストーカー行為を反省した彼女は婚約解消と不気味過ぎる外見のイメージチェンジを決心するが……?

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

幽霊じゃありません!足だってありますから‼

かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。 断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど ※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ ※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

処理中です...