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212.死に至る呪い

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「ダミアン!」

立ち上がったジークヴァルトは、開口一番にダミアンの名を呼んだ。

「主………」

放心状態だったダミアンは、はっと我に返ると慌ててジークヴァルトへと駆け寄る。

「モルゲンシュテルン侯爵令嬢をご命令どおりにお守りできず………申し訳ございません………」
「いや、お前はやることはやった。責めるつもりはない。アンネリーゼを守れなかったのは……俺のせいだ」

ジークヴァルトはまるで血を吐くような辛そうな表情を浮かべる。ダミアンは何か言葉を掛けようと考えたが、何を言えばいいのかが思い当たらず、押し黙った。

「アンネリーゼをこちらへ。それから、魔女が手出しできないように足止めをしてくれ」
「御意」

ダミアンはゆっくりと頷いた。アンネリーゼの体が、ダミアンからジークヴァルトへと渡る。
ダミアンは悔しそうな表情を浮かべると、大鷹へと姿を変え、大空へと舞い上がっていった。

その様子を見届けてから、ジークヴァルトはアンネリーゼへと視線を移した。
アンネリーゼの顔は血の気を失い、うっすらと開いた深い蒼の瞳も生気がなく、虚ろだった。
彼女の体から感じる柔らかな温もりと微かに繰り返される呼吸だけが、まだ彼女が生きているということを実感させてくれる。

「アンネリーゼ………」

愛しい人の名を呼ぶ声は、自分のものだとは思えないくらいにしゃがれていた。
だが、その呼びかけに対するアンネリーゼから返事は返ってこない。
魔女の言う『絶望』に心が支配されていくのを感じた。

死に至る呪いだと、魔女は言った。
あと一日くらいは持つだろうとも言った。

魔女の言葉がはったりなどではないことは、ジークヴァルト自身が一番よく理解していた。
このままにしておけば魔女の言葉通り、アンネリーゼの命の灯は間もなく消えてしまうのだろう。………アリッサのように。
だが、アリッサの時とは比べ物にならないくらいに、アンネリーゼを失う恐怖がジークヴァルトを襲う。


ジークヴァルトはアンネリーゼを抱いたまま跪くと、アンネリーゼの存在を確かめるかのように彼女の額に己のそれを押し当てる。
その行為は、恋人同士の他愛無い触れ合いのようだった。

あの時アンネリーゼが何と言おうと、逃がしていればこんなことにはならなかったのか。
ダミアンが付いているからと心のどこかに隙があったせいだろうか。
苦い気持ちが次々と込み上げてくる。

どんなに悔やんでも、どんなに嘆いても、時間は巻き戻らないし、呪いを無かったことには出来ない。
そんなことは分かっていた。それでも、何を犠牲にしてでも彼女を助けたい。彼女を死の淵から救いたい。
ジークヴァルトは祈るような気持ちで、アンネリーゼの体を抱きしめた。
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