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172.揺れ動く心
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その日はそのまま部屋に戻ると、禊の間の食事である林檎と聖水を少し口だけ口にすると、早々に床に就いた。
特段疲れているわけでも、眠い訳でもなかったが、様々な感情が入り混じりすぎて酷く混乱している事だけは確かだった。
「わたくしのせいでフローラ様はああなったのでは、なかったの…………?」
真っ白なリネンをぎゅっと握りしめる。
気がつくとその手はブルブルと小刻みに震えていることに気がついた。
「………アンネリーゼ?」
扉を叩く音と共に、ジークヴァルトが声を掛けてきた。
「魔力が、酷く揺らいでいるが………大丈夫か?」
低いジークヴァルトの声が、心地よくて、アンネリーゼは寝台を降りると扉に向かい、静かに扉を開けた。
「ジーク様………」
ジークヴァルトは、変身魔法を解いて、黒髪に金色の瞳の、本来の姿へと戻っていた。
「わたくしの感情が揺れ動くと、それが魔力に反映されてジーク様に分かってしまうのですね」
恥ずかしそうに呟いたアンネリーゼの深い蒼の瞳を、ジークヴァルトが覗き込む。
「………すまない」
「どうして、謝るのですか?魔力に影響を及ぼす程に気持ちが不安定なのはわたくしが悪いのに………」
悲しげに笑うアンネリーゼの、白銀の髪を一房手に取ると、ジークヴァルトはそっと口付けを落とした。
「覗くつもりはないんだ。その………無意識の内に、あなたの気配を感じていたくて、探ってしまっていた………」
申し訳無さそうに肩を竦めるジークヴァルトに、アンネリーゼは何と返せばいいのか分からずに、じっと彼の蜂蜜のような瞳を見つめる。
先程までの不安が、嬉しいような、擽ったいような不思議な感情で上書きされていくのが分かった。
「………少し前までは、誰に対しても、何に対しても心が動かなかったのが嘘のように………あなたに出会ってから、止まってしまっていた俺の時間が少しずつ動き出して、色を失っていた景色にも少しずつ彩りが戻った。………あなたという存在が、ただの化け物に過ぎなかった俺に、ヒトの心を取り戻させてくれたんだ」
一言一言を丁寧に紡ぐジークヴァルトがふわりと微笑む。
アンネリーゼは、何故だか無性に泣き出したくなってきた。
彼の事になると、どうしようもなく情緒不安定になってしまう。
喜び、悲しみ、幸福、嫉妬………。
彼に出会ってから知った様々な感情が、自分の中で混じり合って、万華鏡のようにきらきらと表情を変えた。
「アンネリーゼ………?」
涙を堪らえようとして歪めた顔に、ジークヴァルトが心配そうな表情を浮かべる。
それを見たアンネリーゼは、意を決したように、口を開いた。
「ジーク様………。わたくし………ジーク様がアリッサ様を愛していなかったと聞いて、物凄く嬉しかったのです。そんな醜く浅はかな心が自分の中にあった事が恥ずかしくて………。ジーク様は、こんなわたくしでも変わらずに愛しいと、仰って下さいますか………?」
今日一日言えずに隠していた本心が、涙と共に堰を切ったように溢れ出した。
同時に、ずっと胸に閊えていたものが、すうっと消化されていくような感覚を覚えた。
ジークヴァルトは驚いたように黄金色の瞳を見開き、それからアンネリーゼに向かって艶やかな笑顔を浮かべて、彼女の躰をふわりと抱き締めた。
「………ああ、勿論だ………アンネリーゼ。それに、あなたはその心を醜いと言うけれど、それなら俺だって同じだ。二人の元婚約者が、あなたに触れたことを考えるだけで、嫉妬に狂いそうになるんだ。………あなたこそ、こんなに嫉妬深い俺を、愛してくれるのか………?」
ジークヴァルトの囁くような甘い問い掛けに答える代わりに、アンネリーゼは真珠のような涙を零しながら微笑み、ジークヴァルトの唇にそっと、口付けを落とした。
特段疲れているわけでも、眠い訳でもなかったが、様々な感情が入り混じりすぎて酷く混乱している事だけは確かだった。
「わたくしのせいでフローラ様はああなったのでは、なかったの…………?」
真っ白なリネンをぎゅっと握りしめる。
気がつくとその手はブルブルと小刻みに震えていることに気がついた。
「………アンネリーゼ?」
扉を叩く音と共に、ジークヴァルトが声を掛けてきた。
「魔力が、酷く揺らいでいるが………大丈夫か?」
低いジークヴァルトの声が、心地よくて、アンネリーゼは寝台を降りると扉に向かい、静かに扉を開けた。
「ジーク様………」
ジークヴァルトは、変身魔法を解いて、黒髪に金色の瞳の、本来の姿へと戻っていた。
「わたくしの感情が揺れ動くと、それが魔力に反映されてジーク様に分かってしまうのですね」
恥ずかしそうに呟いたアンネリーゼの深い蒼の瞳を、ジークヴァルトが覗き込む。
「………すまない」
「どうして、謝るのですか?魔力に影響を及ぼす程に気持ちが不安定なのはわたくしが悪いのに………」
悲しげに笑うアンネリーゼの、白銀の髪を一房手に取ると、ジークヴァルトはそっと口付けを落とした。
「覗くつもりはないんだ。その………無意識の内に、あなたの気配を感じていたくて、探ってしまっていた………」
申し訳無さそうに肩を竦めるジークヴァルトに、アンネリーゼは何と返せばいいのか分からずに、じっと彼の蜂蜜のような瞳を見つめる。
先程までの不安が、嬉しいような、擽ったいような不思議な感情で上書きされていくのが分かった。
「………少し前までは、誰に対しても、何に対しても心が動かなかったのが嘘のように………あなたに出会ってから、止まってしまっていた俺の時間が少しずつ動き出して、色を失っていた景色にも少しずつ彩りが戻った。………あなたという存在が、ただの化け物に過ぎなかった俺に、ヒトの心を取り戻させてくれたんだ」
一言一言を丁寧に紡ぐジークヴァルトがふわりと微笑む。
アンネリーゼは、何故だか無性に泣き出したくなってきた。
彼の事になると、どうしようもなく情緒不安定になってしまう。
喜び、悲しみ、幸福、嫉妬………。
彼に出会ってから知った様々な感情が、自分の中で混じり合って、万華鏡のようにきらきらと表情を変えた。
「アンネリーゼ………?」
涙を堪らえようとして歪めた顔に、ジークヴァルトが心配そうな表情を浮かべる。
それを見たアンネリーゼは、意を決したように、口を開いた。
「ジーク様………。わたくし………ジーク様がアリッサ様を愛していなかったと聞いて、物凄く嬉しかったのです。そんな醜く浅はかな心が自分の中にあった事が恥ずかしくて………。ジーク様は、こんなわたくしでも変わらずに愛しいと、仰って下さいますか………?」
今日一日言えずに隠していた本心が、涙と共に堰を切ったように溢れ出した。
同時に、ずっと胸に閊えていたものが、すうっと消化されていくような感覚を覚えた。
ジークヴァルトは驚いたように黄金色の瞳を見開き、それからアンネリーゼに向かって艶やかな笑顔を浮かべて、彼女の躰をふわりと抱き締めた。
「………ああ、勿論だ………アンネリーゼ。それに、あなたはその心を醜いと言うけれど、それなら俺だって同じだ。二人の元婚約者が、あなたに触れたことを考えるだけで、嫉妬に狂いそうになるんだ。………あなたこそ、こんなに嫉妬深い俺を、愛してくれるのか………?」
ジークヴァルトの囁くような甘い問い掛けに答える代わりに、アンネリーゼは真珠のような涙を零しながら微笑み、ジークヴァルトの唇にそっと、口付けを落とした。
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