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166.弱い心

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「………とにかく、禍月の魔女の事はダミアンにも探らせている。万が一、動きがあれば俺が聖殿の中に居ても………とにかく、魔女は儀式が成功すれば力を削がれるから、それを阻止しようとしてくる筈だ。あなたは儀式の事だけに集中していてくれればいい。後のことは、全て俺が何とかする」

不敵な笑みを浮かべたジークヴァルトが優しくアンネリーゼを抱き締めた。
そしてゆっくりと、大きく温かい手のひらが宥めるようにゆっくりと、背中を撫でる。
アンネリーゼは憂い気な表情を浮かべながら、静かに頷いた。
幸いな事に、ジークヴァルトはそれを魔女と紅い月への不安が拭えないせいだと受け取ったようだった。

「大丈夫だ、真に守りたい者が出来たのだから、俺は魔女に負けない。………さあ、そろそろ潔斎の間に行く時間ですよ。あまり遅くなるとイェルク殿が心配なさいますから」

アンネリーゼの緊張を解きほぐそうとしたのか、ジークヴァルトはいつもの少し乱暴な言葉遣いではなく、護衛騎士らしい丁寧な口調を使いながら、アンネリーゼに向かって恭しく礼をした。


ヴァルツァーの聖殿内に設けられた潔斎の間は、他の二国のものとは比べようがないくらいに大きく、美しかった。
真っ白な空間のほぼ一面に水が張られ、窓から差し込む光を水面がきらきらと反射しながら煌めいた。

「偉大なる女神…………」

許しを請うように女神を呼ぶと、アンネリーゼは深い蒼の瞳を閉じてから、そっと足先を水に浸した。
ひやりとした肌に触れる水の感触に、アンネリーゼはほんの少し眉を顰めて、それから覚悟を決めたように深呼吸をするとゆっくりと体を浸していく。

「わたくしのこの醜い心が、このままこの泉の中に溶け出してしまえばいいのに………」

小さな声で呟くと、ざぶざぶと中央の方まで進んで行く。

ふと、クルツの聖殿で水の中に引き込まれたのを思い出し、アンネリーゼは覚悟を決めたように、ざぶんと水の中に潜った。

そう深くはない、真っ白な大理石に覆われた清らかな泉は、アンネリーゼの躰を優しく受け止めてくれるようだった。
冷たい筈の水が、不思議な事に温かく感じられて、その心地良さに身を任せた。
水底から水面を見上げると、光を跳ね返して輝いている様が視界に飛び込んできた。

迷い、不安、恐怖。
己の心の中に渦巻く負の感情に、負けそうだった。
その弱さが、更にアンネリーゼの心に更なる影を落とす。
その時、アンネリーゼの真上の水面が、一際強く光った。
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