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152.路地裏

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「あれが、クラネルト男爵令嬢か?」
「………ええ、そうです」

アンネリーゼは緊張のせいで指先が冷たくなっていくのを感じた。

「ダミアンの報告通りだな。魔力は中の上程度、闇と炎は普通に使えそうだが、飛び抜けた才能はない。見た目とて、上手く取り繕ってこそいるが、装飾を削ぎ落とせば、取るに足らない十人並みだな。………ただ…………」

吐き捨てるようにフローラを酷評すると、ジークヴァルトは強い嫌悪感をその顔に浮かべた。

「ジーク様?」
「………間違いない。禍月の魔女あの女の気配だ」

ジークヴァルトの声が、低い旋律を刻む。

「………ダミアンは、あの女の気配がしたと言っていたが、気配なんてものじゃない。全身に絡みつくように、魔女の魔力があの娘を覆っているみたいだ」
「え…………?」

アンネリーゼは目を凝らしてフローラの後ろ姿を見るが、何ら変わりは無いように見えた。

「………多分、あの娘の魔力を喰っているんだろうな。負の感情の強い人間の魔力は、魔族にとっては最高の馳走らしい。その上闇と炎の属性を持っているとなれば、あの女にとっては極上のだろうな」
「そんな…………」

恐ろしい内容の話に、アンネリーゼは青褪める。

「もう少し探らなければそれ以上のことは分からないが………」

ジークヴァルトは短く溜息をつくと、アンネリーゼの手を取って歩き出す。

「………少し、後をつけるとしよう」
「は、はい」

姿を変えているため、フローラがアンネリーゼに気がつく事はないと分かっていても、彼女に近づくのはやはり抵抗感があった。

「大丈夫だ」

そんなアンネリーゼの心情を汲み取ったかのように大きく温かい手が、力強くアンネリーゼの手を握り返し、ジークヴァルトが微笑みかけてくる。
たったそれだけなのに、本当に大丈夫なのだと思えるから不思議だった。

人熱れの中を歩いていくと、フローラが細い路地へと入っていくのが見えた。

「………貴族の娘が一人で訪れるような場所じゃなさそうだな」

繁華街は大通りこそ活気に溢れているが、一本道を入ると、そこは別世界のようだった。
お洒落なカフェや凝った造りの店などが軒を連ねている場所もあるが、その殆どは暗くて人通りの少ない、危険な場所。
それ故、貴族令嬢どころか平民の娘も殆ど足を踏み入れる事はない場所だった。
だがフローラは躊躇うことなくどんどん奥へと進んでいく。

「………まるで、人目を避けているみたいだな」

ジークヴァルトは冷静に、状況を見極めようと、碧の双眸を僅かに細めたのだった。
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