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149.心の傷

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「あ………っ、ジーク様?!」

ジークヴァルトの思わぬ行動に、アンネリーゼは驚いて顔を上げた。
同時に、ぽろりとアンネリーゼの深い蒼の瞳の端から雫が流れ落ちた。

「アンネリーゼ………?」
「違うのです!これは…………っ」

アンネリーゼ自身、何故涙が零れ落ちたのかも分からなかった。
ただ、フローラに対する仄暗い感情と、フローラとギュンターによって負わされた心の傷が、痛みとなってアンネリーゼの中を渦巻いているのだけははっきりと分かった。

「………違うのです。本当に………、ギュンター様の事は………。わたくし…………」

ギュンターに抱いていたのは恋愛感情ではなく、使命感。そして、幼い頃から共に婚約者として過ごしてきた相手への親愛の情。
それは紛れもない事実なのに、上手く言葉が紡げない。
それを伝えようとすると、アンネリーゼがそれまで培ってきた様々なものを滅茶苦茶にされた十五歳の誕生日………大勢の前で婚約破棄を言い渡されたあの日を思い出して、嗚咽が止まらなくなる。

もう、大丈夫だと思ったのに。
ルートヴィヒの死を乗り越えて、ようやく心から愛する人ジークヴァルトと出会えて、あの日に負った心の傷は癒えたと思っていたのに。



大勢の前で婚約破棄を言い渡されるだなんて、物語や歌劇の中だけの話だと思い込んでいた。
それがまさか自分の身に起こるだなんて、一体誰が想像するだろうか。

「アンネリーゼ・モルゲンシュテルン………巫女姫になれないお前は、私の妻には相応しくない。そう…………女神の祝福を受けた特別な存在である、フローラ・クラネルト男爵令嬢のような娘こそこの私には相応しい」
「アンネリーゼ様、聞こえましたぁ?ギュンター様は人形みたいに冷たくて面白みのない女よりも、私のほうがいいんですって!………うふふっ、惨めですねぇ?」

勝ち誇ったような笑みを浮かべたフローラの宣言に注目が集まり、主役だったはずのアンネリーゼは憐憫と奇異の視線に晒された。
アンネリーゼは絶望にも似た孤独感を味わう事になった。

ギュンターのことは、兄のような存在だと思っていた。
恋慕の感情ではなかったにしても、ギュンターが嫌いなわけではなかったし、ギュンターもアンネリーゼの事を『人形のような女』と揶揄することは度々あったが、決して険悪な仲だった訳ではないと思っていたのはアンネリーゼだけだったのだ。

言い知れない、虚しさが胸を埋め尽くす。裏切られたような気持ちだった。
やり場のないその感情を、アンネリーゼはどうしていいのかわからず、アンネリーゼはその場に崩れ落ちたのだった。
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