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136.幸せ(SIDE:モルゲンシュテルン侯爵)

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ヴァルツァー我が国での、女神への祈りの儀式の日取りが決定した」

ゲルハルト国王に呼び出されたモルゲンシュテルン侯爵は、厳かな声に耳を傾ける。

「聖殿の準備が整ったとの知らせが参った。………一週間後に、聖殿へと入って祈りの準備を進めるようにと娘に伝えよ」
「承知致しました」

モルゲンシュテルン侯爵は、ゲルハルトに向かって深々と頭を下げると、謁見の間を後にした。
一見平静そうに見えるが、安堵と不安の入り交じる、不思議な気持ちが胸の内で暴れまわる。

いよいよ、ヴァルツァー王国での祈りの儀式が、始まる。
無事に儀式が終われば、アンネリーゼは女神によって選ばれた、祈りを捧げる巫女姫という重責から解放され、巫女姫としての責務を無事に果たした令嬢として、王族に準ずる扱いを受けるほどに敬われるの立場となる。
それは本来、父であるモルゲンシュテルン侯爵にとってもこの上なく喜ばしく、また誇らしい事だった。

だがその反面、巫女姫に選ばれたが故に、しなくてもいいような壮絶な経験をしたのもまた事実だった。
その一つに、最初の婚約者と専属侍女の人選ミスという侯爵の責任によるものが含まれていることが、侯爵自身にとっては何よりも辛いことだった。
辛い思いをしてきた愛娘に、これ以上の不幸が起きないようにと祈る気持ちは消えることはない。

せめて、恋い慕う男と幸せになる未来が待ち受けているのならば、どんなに良いだろうと願っていたのに………。
モルゲンシュテルン侯爵は、深い蒼の瞳を伏せて立ち止まった。

そんな侯爵の脳裏に、金色の瞳の、この世のものとは思えない程の美貌を持つ男の顔が浮かんできた。
ジークヴァルト・クラルヴァイン辺境伯。
よりによって何故彼でなければならなかったのだと、幾度も心の中で女神に問い掛けた。
人でありながら人ではなくなったが故に、存在を秘されたヴァルツァー王国の守護者。
永遠を生きる彼と人生を共に歩む幸せすらも、いずれアンネリーゼの苦しみと変わる事を考えると、本当は止めたかった。
だが、この場で引き離せばきっと弱ったアンネリーゼの心は、ガラス細工のように粉々に砕け散ってしまうだろう。

「願うのは、あの子の幸せだけだというのに………………」

そう呟くと、モルゲンシュテルン侯爵は深い溜息をつくと、怨めしそうに瞼を持ち上げ、再び歩き出す。
その様子を、じっと見つめている人物がいたなど、モルゲンシュテルン侯爵は気が付かなかった。
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