呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

文字の大きさ
上 下
127 / 230

127.娘の幸せ

しおりを挟む
「…………だから俺が近づく事は避けたいと?」

ジークヴァルトの金色の双眸が、冷たくモルゲンシュテルン侯爵を見据える。
そんな二人の様子を、アンネリーゼはハラハラしながら見守っていた。
冷戦状態のような険悪さが、二人の間を漂っていた。

「…………娘の気持ちを尊重したいとは考えております。ですが………貴殿と共に歩む道を娘が選んだとしても、果たして幸せになれるのでしょうか」

まるで凪いだ海のような、静かな、けれどジークヴァルトに訴えかけるような声音だった。
父の言葉に、アンネリーゼははっと息を呑んだ。

どんなにジークヴァルトを想っても、どんなにジークヴァルトを慕っても、永遠に埋まることのない、深くて根強い溝が確かにそこには存在するのも、また事実だった。

「年をとるということは、思っている以上に残酷で、辛いことなのです。………今は些細な問題なのかもしれないが、それはいずれ大きな影響を生じさせることになるかもということを、考えているのでしょうか?」

ジークヴァルトが受けた呪いは一過性のものではなく、永遠に解けることのないものだ。
今は同じ時間枠を生きているように見えたとしても、それはいずれ音を立てて崩れて行くに違いないという事を、侯爵は伝えようとしているのだ。

「私は何よりも娘の幸せを、願っております。………ですから、もうこれ以上娘が悩み、苦しむ姿を、もうこれ以上目にしたくないというのが本音です」

侯爵は深い蒼の瞳を、ゆっくりと閉じた。
膝の上に置かれた侯爵の握り拳に、モルゲンシュテルン侯爵侯爵夫人が、そっと手を重ね合わせた。

「………気を悪くされないでくださいませ、辺境伯様。夫は、娘を奪われるからと意地悪をしているのではないのです。当主として…………父として、アンネリーゼを守ろうとしているのですわ」

まるで夫の言葉を引き継いだかのように、アンネリーゼによく似た面差しのモルゲンシュテルン侯爵夫人が、灰青の瞳をジークヴァルトに向けた。

「それでもあなたとアンが、共にあることを望むのであれば、私達は止めはしません。アンが不幸になる事は耐えられませんが、それ以上に、アンが悲しむ姿を見るのはそれ以上に耐えられませんもの。………何度も申し上げるようで恐縮ですが、私達が願っているのは、アンの幸せなのです」

穏やかな、けれどもどこか寂しげな笑顔を浮かべた侯爵夫人が、夫を庇うようにそう告げると、侯爵が夫人に視線を合わせ、二人でお互いの意思を確かめるように頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 144

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

処理中です...