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122.クラネルト男爵家

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「………それに関しては、あまり心配しなくても良い気がします」

部屋に訪れた沈黙を、真っ先に破ったのはモルゲンシュテルン侯爵だった。
幾分冷静さを取り戻したらしく、深い蒼の瞳が静かに光を湛えている。

「アンネリーゼが無事に帰国した事を知れば、クラネルト男爵家も焦るはずです。内通者ミアが失敗をしたという事は、自分達の暗躍が明るみに出たという事だと気が付かない程愚かではないでしょう。そうなれば、こちらよりも先に手を打ってくるはずです」

モルゲンシュテルン侯爵の発言に、ゲルハルトが頷く。

「クラネルト男爵の性格を考えれば、当然そう出てくるだろうな。あやつは強かだ」
「俺が貴族だった頃はクラネルトなどという家はなかったが…………」

ジークヴァルトが首を傾げると、ゲルハルトは苦笑いを浮かべる。

「存在を秘されているだけであって、今も『クラルヴァイン辺境伯』は健在な筈だがな?」
「…………領民の一人もいないのに、ですか?」
「それは、そなたの功績を報いる為の褒美とでも思っていればいいではないか?領地経営の必要もなく、資金繰りの心配もない貴族などそなた以外いないだろうな」

ジークヴァルトは皮肉げな笑みを浮かべるが、アンネリーゼはその言葉に疑問を覚えた。
たった今、ジークヴァルトは『領民がいない』と言ったが、クラルヴァイン辺境伯の城にはエルンストやニーナといった使用人もきちんと存在していた筈だ。
そして、彼等は『クラルヴァイン家に忠誠を誓っている』と言っていた。

ゲルハルトの言葉から、ジークヴァルトは領地経営すらもしていないようだし、おそらく魔獣討伐での報奨で暮らしているのだろうということは伺える。
では、ニーナたちは別の領地から出稼ぎにでも来ていたのだろうか。
何となく、触れてはいけない事のような気がして、アンネリーゼはその疑問を心の中にしまい込む。

「クラネルト男爵家は、二百年程前に叙爵された家柄で、元は商人だった。道路の整備や孤児院の建立の為に多額の支援を行ったことで、その功績が認められ、貴族となったのだが…………ここ最近はかなり社交界を賑わす存在になりつつあるな」

ジークヴァルトに説明をするゲルハルトが主に悪い意味でだが、と付け足すと、アンネリーゼは困ったように微笑んだ。

爵位こそ低いが、クラネルト男爵家は急進派の貴族として力を付けてきているのは紛れもない事実だった。
傘下の商会で得た財力を足掛かりに、着実に勢力を伸ばし、ヴァルツァー王国の男爵位を賜っている家の中では最も有力で、近いうちに昇爵するのではないかと囁かれていた。
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