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119.アリッサの最期
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「それは、イェルク殿が俺を疑っている、と判断してよろしいですか?」
暫しの沈黙を挟んで、ドロリとした、仄暗い感情を宿した金色の双眸がイェルクに向けられる。
「疑っている、というのは違います。ただ………あまりにも共通点が多かったもので…………」
イェルクが、困惑したかのように視線を泳がせる。
『混沌の百年』の始まり。それはつまり、アリッサの死を指している。
アンネリーゼは、儚げな笑顔を浮かべたアリッサの姿を思い出す。
「…………アリッサは、間違いなく病で息を引き取った」
抑揚のない声が、ぽつりと落とされた。
「クルツの神殿で、祈りを捧げた直後に意識を失い…………高熱を出した。それが元々弱かった心臓に大きな負担を掛ける事になった。一刻も早くヴァルツァーへ戻ろうとしたが、弱りきったアリッサの身体は持たなかった。………俺の、腕の中でゆっくりとアリッサの生命が消えていったのは、俺の力が足りなかったと、貴殿も俺を責めたいのか?」
ジークヴァルトの美しい顔から、再び表情と感情が消え去っていた。
単調な声なのに、その中にジークヴァルトの苦悩が強く含まれている気がして、アンネリーゼは心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。
愛する人が死にゆく姿を見守ることしか出来なかったジークヴァルトはその時どんな気持ちでアリッサを抱き締めていたのだろう。
それを想像しようとするだけで、アンネリーゼの心が悲鳴を上げるようだった。
「いえ…………」
イェルクも、顔を顰めると項垂れた。
「………確かに、イェルクが疑いたくなる気持ちも分からんでもない。奇妙に思えるほどに、合致している項目が多いからな。………だが、辺境伯がそうまでして魔族に手を貸さなければならないという理由がない。………不老不死になったきっかけを考えれば、魔族に手を貸すなどということは天地がひっくり返っても有り得んだろう」
口を噤んでいたゲルハルトが、徐に口を開いた。
「………イェルク。そなたはあの魔鳥の存在を知って、そのような事を言っているのだろう。だが、その魔鳥を使役している部分を足したとしても、数百年に渡り、魔族や魔獣から守るために戦い続けてきた辺境伯の…………『ヴァルツァー王国の守護者』の功績を、否定するものにはならんだろう」
低い声が試すようにそう告げると、クツクツとした笑い声が室内に響き渡り、痺れるような緊張感が、僅かに緩んだのを、アンネリーゼははっきりと見たのだった。
暫しの沈黙を挟んで、ドロリとした、仄暗い感情を宿した金色の双眸がイェルクに向けられる。
「疑っている、というのは違います。ただ………あまりにも共通点が多かったもので…………」
イェルクが、困惑したかのように視線を泳がせる。
『混沌の百年』の始まり。それはつまり、アリッサの死を指している。
アンネリーゼは、儚げな笑顔を浮かべたアリッサの姿を思い出す。
「…………アリッサは、間違いなく病で息を引き取った」
抑揚のない声が、ぽつりと落とされた。
「クルツの神殿で、祈りを捧げた直後に意識を失い…………高熱を出した。それが元々弱かった心臓に大きな負担を掛ける事になった。一刻も早くヴァルツァーへ戻ろうとしたが、弱りきったアリッサの身体は持たなかった。………俺の、腕の中でゆっくりとアリッサの生命が消えていったのは、俺の力が足りなかったと、貴殿も俺を責めたいのか?」
ジークヴァルトの美しい顔から、再び表情と感情が消え去っていた。
単調な声なのに、その中にジークヴァルトの苦悩が強く含まれている気がして、アンネリーゼは心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。
愛する人が死にゆく姿を見守ることしか出来なかったジークヴァルトはその時どんな気持ちでアリッサを抱き締めていたのだろう。
それを想像しようとするだけで、アンネリーゼの心が悲鳴を上げるようだった。
「いえ…………」
イェルクも、顔を顰めると項垂れた。
「………確かに、イェルクが疑いたくなる気持ちも分からんでもない。奇妙に思えるほどに、合致している項目が多いからな。………だが、辺境伯がそうまでして魔族に手を貸さなければならないという理由がない。………不老不死になったきっかけを考えれば、魔族に手を貸すなどということは天地がひっくり返っても有り得んだろう」
口を噤んでいたゲルハルトが、徐に口を開いた。
「………イェルク。そなたはあの魔鳥の存在を知って、そのような事を言っているのだろう。だが、その魔鳥を使役している部分を足したとしても、数百年に渡り、魔族や魔獣から守るために戦い続けてきた辺境伯の…………『ヴァルツァー王国の守護者』の功績を、否定するものにはならんだろう」
低い声が試すようにそう告げると、クツクツとした笑い声が室内に響き渡り、痺れるような緊張感が、僅かに緩んだのを、アンネリーゼははっきりと見たのだった。
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