上 下
119 / 230

119.アリッサの最期

しおりを挟む
「それは、イェルク殿が俺を疑っている、と判断してよろしいですか?」

暫しの沈黙を挟んで、ドロリとした、仄暗い感情を宿した金色の双眸がイェルクに向けられる。

「疑っている、というのは違います。ただ………あまりにも共通点が多かったもので…………」

イェルクが、困惑したかのように視線を泳がせる。
『混沌の百年』の始まり。それはつまり、アリッサの死を指している。
アンネリーゼは、儚げな笑顔を浮かべたアリッサの姿を思い出す。

「…………アリッサは、間違いなく病で息を引き取った」

抑揚のない声が、ぽつりと落とされた。

「クルツの神殿で、祈りを捧げた直後に意識を失い…………高熱を出した。それが元々弱かった心臓に大きな負担を掛ける事になった。一刻も早くヴァルツァーへ戻ろうとしたが、弱りきったアリッサの身体は持たなかった。………俺の、腕の中でゆっくりとアリッサの生命が消えていったのは、俺の力が足りなかったと、貴殿も俺を責めたいのか?」

ジークヴァルトの美しい顔から、再び表情と感情が消え去っていた。
単調な声なのに、その中にジークヴァルトの苦悩が強く含まれている気がして、アンネリーゼは心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。

愛する人が死にゆく姿を見守ることしか出来なかったジークヴァルトはその時どんな気持ちでアリッサを抱き締めていたのだろう。
それを想像しようとするだけで、アンネリーゼの心が悲鳴を上げるようだった。

「いえ…………」

イェルクも、顔を顰めると項垂れた。

「………確かに、イェルクが疑いたくなる気持ちも分からんでもない。奇妙に思えるほどに、合致している項目が多いからな。………だが、辺境伯がそうまでして魔族に手を貸さなければならないという理由がない。………不老不死になったきっかけを考えれば、魔族に手を貸すなどということは天地がひっくり返っても有り得んだろう」

口を噤んでいたゲルハルトが、徐に口を開いた。

「………イェルク。そなたはあの魔鳥の存在を知って、そのような事を言っているのだろう。だが、その魔鳥を使役している部分を足したとしても、数百年に渡り、魔族や魔獣から守るために戦い続けてきた辺境伯の…………『ヴァルツァー王国の守護者』の功績を、否定するものにはならんだろう」

低い声が試すようにそう告げると、クツクツとした笑い声が室内に響き渡り、痺れるような緊張感が、僅かに緩んだのを、アンネリーゼははっきりと見たのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

旦那様、仕事に集中してください!~如何なる時も表情を変えない侯爵様。独占欲が強いなんて聞いていません!~

あん蜜
恋愛
いつ如何なる時も表情を変えないことで有名なアーレイ・ハンドバード侯爵と結婚した私は、夫に純潔を捧げる準備を整え、その時を待っていた。 結婚式では表情に変化のなかった夫だが、妻と愛し合っている最中に、それも初夜に、表情を変えないなんてことあるはずがない。 何の心配もしていなかった。 今から旦那様は、私だけに艶めいた表情を見せてくださる……そう思っていたのに――。

孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?

季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

【R-18】記憶喪失な新妻は国王陛下の寵愛を乞う【挿絵付】

臣桜
恋愛
ウィドリントン王国の姫モニカは、隣国ヴィンセントの王子であり幼馴染みのクライヴに輿入れする途中、謎の刺客により襲われてしまった。一命は取り留めたものの、モニカはクライヴを愛した記憶のみ忘れてしまった。モニカと侍女はヴィンセントに無事受け入れられたが、クライヴの父の余命が心配なため急いで結婚式を挙げる事となる。記憶がないままモニカの新婚生活が始まり、彼女の不安を取り除こうとクライヴも優しく接する。だがある事がきっかけでモニカは頭痛を訴えるようになり、封じられていた記憶は襲撃者の正体を握っていた。 ※全体的にふんわりしたお話です。 ※ムーンライトノベルズさまにも投稿しています。 ※表紙はニジジャーニーで生成しました ※挿絵は自作ですが、後日削除します

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...