116 / 230
116.魔女の消息(SIDE:ゲルハルト)
しおりを挟む
巫女姫の暗殺未遂事件。
それは女神信仰の中でも例を見ない、前代未聞の事だった。
ダミアンによりいち早くその報告を受けたヴァルツァー国王ゲルハルトは、文字通り頭を抱えた。
「此度の事件は、絶対に起こってはならないものだった。そうでなくても、今代の巫女姫には護衛騎士の死や行方不明、記憶喪失と立て続けに事故が起こり、民は不安に思っている。そこに来て暗殺未遂だなどと…………」
「しかし、そのどれもがアンネリーゼ嬢に非があることではございません。いずれも人為的な事故であるということは、明確です。寧ろ、人々の不安を煽るために、巫女姫であるモルゲンシュテルン侯爵令嬢を害そうとしているように私には思えますが…………」
ダミアンの驚く程に冷静な分析に、ゲルハルトは頷く。
「確かにそのとおりだ。…………仮に一連の事件が同じ人物によって仕組まれたことだとしたら、その可能性は大いに有り得るな」
忌々しそうに厳つい顔を更に歪めると、ゲルハルトは溜息をつきながら、壁に凭れ掛かったまま腕組みをしているダミアンに視線を走らせた。
「………お前の主はおそらく、既に首謀者の目星を付けているのだろうな」
するとダミアンは、紫水晶のように煌めく、涼しげな瞳をすっと細めて、微笑んだ。
「勿論です。因みに実行犯は主が捕らえ、最終的に私が屠りました。……………人間側の首謀者を始末するのは容易いですが…………裏で糸を引いている真の敵との繋がりが見えず、主は手を出せずにいるようです」
「なるほど。………という事は、その『真の敵』とやらは人間ではない、ということか。どうやら、よく知恵の回る魔族のようだな」
ゲルハルトの言葉に、ダミアンは黙ったまま頷いた。
「………おそらく、裏で糸を引いているのは、『禍月の魔女』だと主は考えているようです」
「ま………禍月の魔女………だと?やつは、もう何百年もの間、表舞台には姿を現していないと…………!」
ゲルハルトは思わず掛けていた椅子から立ち上がった。
元は人間でありながら、魔族へと堕ちたその魔女は、数百年前の『混沌の百年』の初期に、ヴァルツァーに厄災を振り撒いた張本人として人々から恐れられていた。
だが、禍月の魔女はジークヴァルトに不老不死の呪いを掛けた後、忽然と姿を消したというのが、ヴァルツァー王家での言い伝えだった。
「………あの女は、間違いなく生きています」
ダミアンは腕組みを解くと、大鷹へと姿を変える。
「おそらく主はモルゲンシュテルン侯爵令嬢を伴って、移動魔法で帰国されるかと思います。ヴァルツァー国王陛下には、主とモルゲンシュテルン侯爵令嬢の保護と神官への情報共有、そして国内貴族の動きを監視していただきたく、ご準備をお願いしたいというのが、主からの伝言です。宜しくお願い致します」
ダミアンはそう告げるだけ告げると、目を丸くするゲルハルトを残しさっさと窓から飛び立っていった。
「………全く、辺境伯は私を何だと思っているんだ………」
溜息混じりに呟きながら、ゲルハルトは夜空に消えていく大鷹の姿を見送るのだった。
それは女神信仰の中でも例を見ない、前代未聞の事だった。
ダミアンによりいち早くその報告を受けたヴァルツァー国王ゲルハルトは、文字通り頭を抱えた。
「此度の事件は、絶対に起こってはならないものだった。そうでなくても、今代の巫女姫には護衛騎士の死や行方不明、記憶喪失と立て続けに事故が起こり、民は不安に思っている。そこに来て暗殺未遂だなどと…………」
「しかし、そのどれもがアンネリーゼ嬢に非があることではございません。いずれも人為的な事故であるということは、明確です。寧ろ、人々の不安を煽るために、巫女姫であるモルゲンシュテルン侯爵令嬢を害そうとしているように私には思えますが…………」
ダミアンの驚く程に冷静な分析に、ゲルハルトは頷く。
「確かにそのとおりだ。…………仮に一連の事件が同じ人物によって仕組まれたことだとしたら、その可能性は大いに有り得るな」
忌々しそうに厳つい顔を更に歪めると、ゲルハルトは溜息をつきながら、壁に凭れ掛かったまま腕組みをしているダミアンに視線を走らせた。
「………お前の主はおそらく、既に首謀者の目星を付けているのだろうな」
するとダミアンは、紫水晶のように煌めく、涼しげな瞳をすっと細めて、微笑んだ。
「勿論です。因みに実行犯は主が捕らえ、最終的に私が屠りました。……………人間側の首謀者を始末するのは容易いですが…………裏で糸を引いている真の敵との繋がりが見えず、主は手を出せずにいるようです」
「なるほど。………という事は、その『真の敵』とやらは人間ではない、ということか。どうやら、よく知恵の回る魔族のようだな」
ゲルハルトの言葉に、ダミアンは黙ったまま頷いた。
「………おそらく、裏で糸を引いているのは、『禍月の魔女』だと主は考えているようです」
「ま………禍月の魔女………だと?やつは、もう何百年もの間、表舞台には姿を現していないと…………!」
ゲルハルトは思わず掛けていた椅子から立ち上がった。
元は人間でありながら、魔族へと堕ちたその魔女は、数百年前の『混沌の百年』の初期に、ヴァルツァーに厄災を振り撒いた張本人として人々から恐れられていた。
だが、禍月の魔女はジークヴァルトに不老不死の呪いを掛けた後、忽然と姿を消したというのが、ヴァルツァー王家での言い伝えだった。
「………あの女は、間違いなく生きています」
ダミアンは腕組みを解くと、大鷹へと姿を変える。
「おそらく主はモルゲンシュテルン侯爵令嬢を伴って、移動魔法で帰国されるかと思います。ヴァルツァー国王陛下には、主とモルゲンシュテルン侯爵令嬢の保護と神官への情報共有、そして国内貴族の動きを監視していただきたく、ご準備をお願いしたいというのが、主からの伝言です。宜しくお願い致します」
ダミアンはそう告げるだけ告げると、目を丸くするゲルハルトを残しさっさと窓から飛び立っていった。
「………全く、辺境伯は私を何だと思っているんだ………」
溜息混じりに呟きながら、ゲルハルトは夜空に消えていく大鷹の姿を見送るのだった。
11
お気に入りに追加
948
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる