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116.魔女の消息(SIDE:ゲルハルト)

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巫女姫の暗殺未遂事件。

それは女神信仰の中でも例を見ない、前代未聞の事だった。
ダミアンによりいち早くその報告を受けたヴァルツァー国王ゲルハルトは、文字通り頭を抱えた。

「此度の事件は、絶対に起こってはならないものだった。そうでなくても、今代の巫女姫には護衛騎士の死や行方不明、記憶喪失と立て続けに事故が起こり、民は不安に思っている。そこに来て暗殺未遂だなどと…………」
「しかし、そのどれもがアンネリーゼ嬢に非があることではございません。いずれも人為的な事故であるということは、明確です。寧ろ、人々の不安を煽るために、巫女姫であるモルゲンシュテルン侯爵令嬢を害そうとしているように私には思えますが…………」

ダミアンの驚く程に冷静な分析に、ゲルハルトは頷く。

「確かにそのとおりだ。…………仮に一連の事件が同じ人物によって仕組まれたことだとしたら、その可能性は大いに有り得るな」

忌々しそうに厳つい顔を更に歪めると、ゲルハルトは溜息をつきながら、壁に凭れ掛かったまま腕組みをしているダミアンに視線を走らせた。

「………お前の主はおそらく、既に首謀者の目星を付けているのだろうな」

するとダミアンは、紫水晶アメジストのように煌めく、涼しげな瞳をすっと細めて、微笑んだ。

「勿論です。因みに実行犯は主が捕らえ、最終的に私が屠りました。……………人間側の首謀者を始末するのは容易いですが…………裏で糸を引いているとの繋がりが見えず、主は手を出せずにいるようです」
「なるほど。………という事は、その『真の敵』とやらは人間ではない、ということか。どうやら、よく知恵の回る魔族のようだな」

ゲルハルトの言葉に、ダミアンは黙ったまま頷いた。

「………おそらく、裏で糸を引いているのは、『禍月の魔女』だと主は考えているようです」
「ま………禍月の魔女………だと?やつは、もう何百年もの間、表舞台には姿を現していないと…………!」

ゲルハルトは思わず掛けていた椅子から立ち上がった。
元は人間でありながら、魔族へと堕ちたその魔女は、数百年前の『混沌の百年』の初期に、ヴァルツァーに厄災を振り撒いた張本人として人々から恐れられていた。
だが、禍月の魔女はジークヴァルトに不老不死の呪いを掛けた後、忽然と姿を消したというのが、ヴァルツァー王家での言い伝えだった。

「………あの女は、間違いなく生きています」

ダミアンは腕組みを解くと、大鷹へと姿を変える。

「おそらく主はモルゲンシュテルン侯爵令嬢を伴って、移動魔法で帰国されるかと思います。ヴァルツァー国王陛下には、主とモルゲンシュテルン侯爵令嬢の保護と神官への情報共有、そして国内貴族の動きを監視していただきたく、ご準備をお願いしたいというのが、主からの伝言です。宜しくお願い致します」

ダミアンはそう告げるだけ告げると、目を丸くするゲルハルトを残しさっさと窓から飛び立っていった。

「………全く、辺境伯は私を何だと思っているんだ………」

溜息混じりに呟きながら、ゲルハルトは夜空に消えていく大鷹の姿を見送るのだった。
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