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108.告白(4)

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「どうしてあなたは俺が渇望して止まなかった言葉をいとも容易く与えてくれるんだ…………」

喉の奥から、やっとの思いで吐き出した言葉は、頼りなく、弱々しく震えていた。
アンネリーゼが抱きしめているのはヴァルツァー王国の守護者と謳われる最強の魔法騎士ではなく、傷付き、苦しみ続け、孤独に怯えるただの青年に違いなかった。

「…………それが、真実だと思ったから………では、答えになりませんか?」

少し考えてから、ジークヴァルトの広い背中を、優しく擦り、あやすように叩いてやると、彼の口から小さな嗚咽が漏れてきた。

どれくらいの間、そうしていただろうか。
大きく深呼吸をしたジークヴァルトが、漸く顔を上げた。

「………お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」

泣き腫らしたせいで瞼の赤くなったジークヴァルトの表情が、少し変わったように感じながら、アンネリーゼは穏やかに微笑んだ。

「………気が、済んだのですか?」
「はい。…………何だか、あなたに格好悪いところだけを見られているような気がします」

ジークヴァルトは気恥ずかしそうに、照れ笑いを浮かべた。
自嘲以外の、ジークヴァルトの笑みを見るのは、これが初めてだった。
その笑顔の、鳥肌が立つほどの美しさに、アンネリーゼは思わず見惚れてしまう。

「………どうしてあなたが巫女姫に選ばれたのか、分かったような気がします」

ジークヴァルトは跪いたまま、アンネリーゼを見上げる。

「………ご存知の通り、私が護衛騎士を務めるのはあなたが二人目です。………一人目の巫女姫も、どこかあなたに似た、心の美しい…………優しい人でした」
「アリッサ・エーベルス様、ですね?」

アンネリーゼは思いがけずほんの少し俯くと、口元に笑みを湛える。
彼女の名を口にすると、蜂蜜色の豊かな髪が、目の前に現れたような気がした。

「はい、そのとおりです。………その名を口にするものはもういないと思っていましたが………」
「…………信じていただけるか分かりませんが、毒を飲んで意識を失った後………わたくしアリッサ様にお会いしたのです。勿論夢の中で、ですけれど」
「…………っ!」

ジークヴァルトが、息を呑むのがはっきりと見て取れた。
その様に様子に、ズキンと胸の奥が言い知れない痛みに襲われるのを、アンネリーゼは感じた。
ジークヴァルトの金色の目が、切なそうに細められるだけなのに、どうしてこんなにもどす黒いものが胸の中に広がっていくのだろう。
アンネリーゼは、ただきゅっと唇を引き結んだのだった。
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